【故事成語】坐井观天( zuò jǐng guān tiān )

坐井观天( zuò jǐng guān tiān ):あらすじ

井戸の中にいたカエルのところにやってきた一羽の小鳥が、井戸の入り口よりも空が広いわけがないと思い込んでいるカエルに空がとても広いことを教えてあげたという話。

坐井观天( zuò jǐng guān tiān ):故事

カエルが井戸の底に座っていると、一羽の小鳥がやって来て井戸にとまりました。

カエルは井戸の入り口を見上げて、どこからやって来たのか小鳥に尋ねました。

小鳥は、空から飛んでやって来たと答えました。

百里以上も飛んでいて喉が渇いたので水を飲みに降りてきたと続けました。

カエルはそれを聞いて空が井戸の入り口よりも広いなんてことはあり得ないと言いました。

それに対して小鳥は、空には行き止まりがなくとても大きいと教えてあげました。

カエルは、毎日こうして井戸の底に座って、見上げればすぐ空が見えるのだから間違いないと笑いながら言いました。

小鳥も笑ってこう答えました。

それなら井戸を出て見てみるといいよ。

出典《原道》

《原道》:“坐井而观天,曰天小者,非天小也。”

今回の「坐井观天」の故事成語の故事は古典には載っておらず、現在、中国の小学校2年生の国語教科書に載っているものになります。

その故事のもとになったのが『原道』という書になります。

『原道』とは唐中期の官僚であり文人であった「韓愈」(768~824年)が著した書のことを言います。

「漢文委員会」さんのサイトによれば「原道」とは「儒教化の道徳根源へ本質を原(たず)ねる文」という意味とのことです。

内容はざっくり言うと「道教や仏教なんてやめちまおうぜ!!」(ざっくりすぎ)となります。

韓愈自身、仏教や道教を批判して儒教の復興を説いた人物で、また、それまで使用されてきた駢文(べんぶん:文語文の文体のひとつ)にかわって、自分たちの思想などを表現しやすいような文体として秦漢代の文章を参考にしました。

それらは「古文」と呼ばれ、古文の使用を推奨する運動として「古文復興運動」を推進しました。

この古文の復興儒教の復興はセットになっていたというわけです。

もっと詳しく知りたい方は下のサイトを読んでみてくださいね。

日本語の書き下し文や現代語訳などが読めますので参考にしてみてください。

维基文库 原道

原道

博愛之謂仁,行而宜之之謂義。由是而之焉之謂道,足乎己無待於外之謂德。仁與義為定名,道與德為虛位。故道有君子小人,而德有凶有吉。 …

漢文委員会 漢詩 韓愈 原道

韓愈 原道 – 漢文委員会 kanbun-iinkai 漢詩 hp07

儒教の復興は、彼の思想の基盤である。古文復興運動とは表裏のものであり、その観点から…

大学を読まずして儒教を語るなかれ 韓愈『原道』(原文読み下し・現代語訳)

韓愈『原道』(原文読み下し・現代語訳)

韓愈『原道』(原文読み下し・現代語訳) , 大学は四書の一で朱子学の聖典です.格物致知誠意正心修身斉家治国平天下の意味を,大学章句原文+朱子注に沿って訳していきます.

さて、この「坐井观天」の故事のもとになったと言われる『原道』には“坐井而观天,曰天小者,非天小也。”という部分が出てきます。

「井戸に座りながら空を見上げて天は小さいと言っても、それは天が小さいということではない」

これは著者の韓愈が、儒家の仁義を“小”だと批判する老子のことを視野が狭いと非難するのに用いた一文になります。

老子と言えば孔子の形式的な「礼」を批判していたことでも知られていますが、その老子に対して「いや、それはあなたの見識が狭いからでしょ」と韓愈は批判しているわけです。

この「坐井而观天」という部分がもとになって、のちに見識が狭いことを意味する「坐井观天」となったというわけです。

ちょっと深掘り

この「坐井观天」の故事のもとになったのは『原道』と言われていますが、実はもうひとつあるとされています。

それは清代の「銭彩」らによる『说岳全传』(説岳全伝:岳飛を中心として描かれる宋の抗金史)という小説です。

《说岳全传》在线阅读

《说岳全传》在线阅读

《说岳全传》是清代钱彩编次、金丰增订的长篇英雄传奇小说,最早刊本为金氏余庆堂刻本,共20卷80回。前61回是岳飞的”英雄谱”和”创业史”;后19回,主要讲述岳飞死后,岳雷扫北的故事。歌颂了岳飞等将士英勇作战、精忠报国的忠勇行为,鞭笞了秦桧等人卖国求荣、陷害忠良的丑恶罪行。

電脳瓦崗寨 でんのうがこうさい 日吉サーバ 「説岳全伝」から日本語訳が読めますのでどうぞ(1~15回まで)。

その第19回に登場する話に「坐井观天」という言葉が登場します。

北宋の第9代皇帝である「欽宗」が1126年に北方の金国に首都開封を攻められてしまい、父親の「徽宗」とともに囚われの身となるのですが(靖康の変)

その話の中で、欽宗らを連れ去った「兀朮」(うじゅ:金を建国した阿骨打(あこつだ)の6番目の子ども)という人物が欽宗らを五国城(現在の黒竜江省ハルピン市)で軟禁するよう指示する場面が出てきます。

その時に欽宗らを「陷阱」に拘留して「坐井观天」させるように言います。

ここに出てくる「坐井观天」が今回の成語の出典になっているとも言われています。

ちなみに「陷阱」( xiàn jǐng )とは狩りで獲物を捕まえる際に用いる「落とし穴」の意味になります。

また、英語に訳すときには「trap」とも訳されることから、人に対しての「わな」「トラップ」「策略」などの意味もあります。

ちなみに欽宗がこの「落とし穴」に拘留されていたという史実はないようです。

さて、この「説岳全伝」に登場する「兀朮」(うじゅ)というちょっと変わった名前の人物ですが、作中ではなぜか「狼主」( láng zhǔ )と書かれています。

そもそも私もこの話を全部読んだわけではないので初め誰のことを言っているのか分からなかったのですが、なぜ「兀朮」を「狼主」と書いているのか調べて見たところ次の記事を発見しました。

为什么《说岳全传》里称呼金兀术为“狼主”

(なぜ『説岳全伝』の兀朮は“狼主”と呼ばれるのか)

为什么《说岳全传》里称呼金兀术为”狼主”

在钱彩、金丰编著的《说岳全传》一书中,多次提到”狼主”。例如第十五回称:”且说那北地女真国黄龙府,有一个总领狼主,叫做…

『説岳全伝』にたびたび登場する「狼主」。

「狼」というと「凶暴で残忍」なイメージがつきまといますが、それは中国語でも同じで、「狼」という字が含まれた言葉にはほとんど良い意味のものはありません。

例えば、「狼狈为奸」(グルになって悪事をはたらく)「狼子野心」(腹黒い、凶暴な野心)「狼心狗肺」(人でなし、残忍な人)などがあります。

さて、話は変わりますが、日本語でもよく男性の名前として使われる「郎」という言葉。

中国では若い美男美女に対する愛称や美称として使われていたそうで、その後、時代がくだるにつれて「郎」という字は皇帝や貴族の称号として用いられるようにもなりました。

「郎」の他にも「郎君」という言葉も漢代から使われており、例えば、「相国」は「相君」、「太子」は「府君」、「刺史」は「使君」と呼ばれることもあり、彼らの息子のことを「郎君」と呼んでいました。

やがて女真族の金が漢民族を支配するようになると、「郎」や「郎君」という言葉は女真族の宗室貴族のみでしか使うことが許されなくなりました。

ちなみに、「郎」と「狼」はともに「ラン」( láng )と発音する同音異義語になります。

『説岳全伝』が書かれたのは清の時代であり、当時、漢民族を支配していたのは満州族でした。

その満州族の祖先にあたるのが女真族になります。

つまり、「郎」を独占的に使っていた女真族の子孫である満州族の支配下にあった漢民族が、『説岳全伝』に登場する金の人物(女真族)をあえて高貴なイメージの「郎」ではなく、凶暴で残忍なイメージの強い「狼」とつけて書いたのには

清朝の統治者(女真族の子孫である満州族)に対する不満の表れであったといえるとしています。

例文

我们要学习增长见识,不能坐井观天

她从小就住在很偏僻的乡下,却自以为了不起,真是坐井观天

他每天学习开阔视野是因为避免坐井观天

類義語

井底之蛙( jǐng dǐ zhī wā ):井の中の蛙

管中窥豹( guǎn zhōng kuī bào ):竹の管からヒョウをのぞく、[喩]見識が狭い

管窥蠡测( guǎn kuī lǐ cè ):管の中から天をのぞき、水びしゃくで海の量をはかる、[喩]見識が狭い

夜郎自大( yè láng zì dà ):夜郎自大、身の程知らず

対義語

见多识广( jiàn duō shí guǎng ):博識で経験が多いこと

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「せいじん」さん - ネコ

「miho」さん - パンダ

「みかんばこ」さん - のぞき込む猫

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