【故事成語】约法三章( yuē fǎ sān zhāng )②

约法三章:意味

「约法三章」( yuē fǎ sān zhāng )は、簡単な取り決めをすることを意味し、共通のルールや決まりをあらかじめ決めたり提案したりすることを表わします。

日本語には法三章という言葉もあり、この場合は法律が極めて簡単なことを表します。

约法三章:あらすじ

秦末期、咸陽入りを果たした劉邦は秦が定めていた厳格な法律に代わって殺人・傷害・窃盗の罪を犯した者は相応に罰するとした内容の簡単な法を定めることを約したという話。

约法三章:故事

漢が興り、高祖(劉邦)は関中に入ると、法三章を約して次のように言いました。

「殺人を犯した者は死刑、傷害と窃盗を犯した者は相応に罰する」

それまで煩雑だった法令が簡略化し、民は大いに喜びました。

その後、四方の異民族が未だに帰順してきておらず戦が絶えなかったため、三章の法ではこれらを防ぎきれないとして、相国の蕭何は秦の法令から時世に適うものを抜粋し、律九章(九章律、律経)を制定しました。

出典《漢書·刑法志》

《汉书·刑法志》:高祖初入关,约法三章曰:“杀人者死,伤人及盗抵罪。”

今回の故事成語である「约法三章」( yuē fǎ sān zhāng )の故事の出典は、『漢書』「刑法志」になります。

『漢書』の「刑法志」とは後漢時代の班固が著した『漢書』のなかで前漢時代の法律や刑罰について紹介しているものです。

劉邦は簡単な3つの法律だけを定めることを約束したという話についてですが、今回の出典である『漢書』の「刑法志」以外にも、司馬遷による『史記』の「高祖本紀」にも同様の故事が載っていることから、こちらも「约法三章」の出典とされることがあります。

ちょっと深掘り

今回の故事にもあるように法三章の制定後も周辺の少数民族は漢に帰順することなく戦が絶えなかったため、三章だけでは取り締まりに不十分だと感じた相国(しょうこく:宰相のこと)であった蕭何(しょうか)は、秦朝の法令から時世に合うものを選び九章律(きゅうしょうりつ)を定めることにしました。

九章律は律九章律経ということもあり、原文では“律九章”となっています。

九章律は、もともと紀元前407年の戦国時代において魏国の李克(李悝とも)が定めた『法経』(原文は散逸)がもとになっているとされており、その後、魏国から亡命した商鞅がそれに少し手を加えて『秦律』としました。

そして、それは中華統一を成し遂げた秦朝に受け継がれると、秦朝滅亡後に蕭何が手直しして九章律として制定したということになります。

ちなみに、魏国の李克による『法経』は、盗賊に関してその逮捕や拘留についての他にも、詐欺や賭博、汚職などの犯罪やその刑について定められています。

『法経』は全6篇で構成されていましたが、その存在自体を疑う見方もあるようなので実在したのかどうかはわかりません。

例文

我和自己约法三章,晚上睡觉之前我什么都不吃。

(私は夜寝る前には何も食べないという簡単な取り決めをした)

刘邦一到关中就和老百姓约法三章

(劉邦は漢中に着くと民と法三章を約した)

那小孩子跟他妈妈约法三章,每天晚上帮她做饭洗碗。

(その子どもは毎晩皿洗いを手伝うという簡単な約束をお母さんと交わした)

類義語

勉強中・・・

対義語

为所欲为( wéi suǒ yù wéi ):欲しいままに振る舞う、したいことをする、したい放題なことをする

【故事成語】约法三章( yuē fǎ sān zhāng )

『漢書』の「刑法志」以外にも司馬遷による『史記』の「高祖本紀」にも同様の故事が記載されており、こちらも约法三章( yuē fǎ sān zhāng )の故事の出典にされることがあります。

ちょっと詳しい内容については以下の記事约法三章( yuē fǎ sān zhāng )にまとめていますので、ぜひ合わせて読んで見てくださいね。

参照

『漢書』「刑法志」(維基文庫)

「九章律」(Wikipedia)

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