【慣用句】远水不救近火( yuǎn shuǐ bù jiù jìn huǒ )

远水不救近火( yuǎn shuǐ bù jiù jìn huǒ ):意味

「远水不救近火」( yuǎn shuǐ bù jiù jìn huǒ )は、「遠くにある水は近くの火は消せない」ということから、「時間のかかる方法で目の前の問題は解決できない」という意味になります。

また、「远水救不了近火」( yuǎn shuǐ jiù bù liǎo jìn huǒ )ともいいます。

日本語でいうところの「遠くの親戚より近くの他人」と訳している辞書もありますが、日本語の場合、「困った時には遠くにいる親類よりも近くにいる他人の方が頼りになる、助けになる」という意味になり、困った時には他人でも近くの人に助けを求めほうが良いというアドバイス的なニュアンスになります。

しかし、一方で中国語の「远水不救近火」の場合は日本語のようにアドバイス的なニュアンスはなく、時間がかかってしまう緩慢なやり方では目先の問題や窮境は解決できないという客観的事実を指すことに重点があるように思います。

中国故事成語 第10回『远水救不了近火』のサイトでは日本語では「二階から目薬」と表現するのが適当であるとしていますが、二階から目薬には「回りくどくて効果が得られない」という意味もあることから個人的にもその訳の方がニュアンス的にはしっくりくるかと思います。

远水不救近火( yuǎn shuǐ bù jiù jìn huǒ ):あらすじ

戦国時代、魯国が斉国からの侵略に備えるために遠方の強国と関係を築こうとしたことに対して、「遠方の水で近くの火は消せない」という例え話で誡めたという話。

远水不救近火( yuǎn shuǐ bù jiù jìn huǒ ):故事

魯の穆公が公子たちを晋や楚に行かせて官吏として仕えさせようとすると、大夫の犁鉏は言いました。

「水に落ちた子どもを助けるために越国の人を来させるとなると、越国の人は確かに泳ぎは得意ではありますが、その子どもは助からないでしょう。

火事になり海に水を汲みに行くとなると、確かに海水はたくさんありますが、火を消すことはできないでしょう、“遠水、近火を救わず”であります。

現在、晋と楚はともに強大ではありますが、斉は魯に近いため、斉からの攻撃を受けた場合、(晋と楚が)魯を救うことはむずかしいことでしょう」。

出典《韓非子・説林上》

《韩非子·说林上》:“失火而取水于海,海水虽多,火必不灭矣,远水不救近火也。”

今回の中国語の慣用句である「远水不救近火」( yuǎn shuǐ bù jiù jìn huǒ )は、中国戦国時代の法家の韓非(BC280~BC233)による著である『韓非子』が出典になっています。

時代は中国戦国時代の初め、紀元前5世紀頃の魯国の穆公(ぼくこう:?~BC377)の時代の話になります。

当時の魯国は斉国や晋国、楚国といった強大な国に囲まれていたため、穆公はいつ斉国が侵略してくるのかと気にかけていました。

そこで穆公は、公子たちを晋国と楚国に官吏として派遣させることで晋国や楚国と関係を結び、もし斉国から攻められた場合には両国から援軍を送ってもらえるようにしようと考えました。

しかし、これに対して大夫である犁鉏が問題の根本的解決にはならないと異議を唱えると、2つの例えを用いて誡めました。

まずは、溺れた子どもを助けるためにわざわざ泳ぎが得意な越国の人を呼びに行くという話。

もうひとつが、火事になって火を消すために海まで水を汲みに行くという話。

斉国からの侵略に対して晋国や楚国からの援助を待つというのは、これと同じでまわりくどく目先の問題にうまく対処できずに結局は解決できないということを穆公に悟らせました。

これを聞いた穆公がどのような決断を下したのかは分かりませんが、一般的には穆公は大夫からの諫言を受け入れたとされていますし、実際、穆公の時代(紀元前400年頃)から紀元前250年頃までのおよそ150年間、魯国は存在し続けています。

ちょっと深掘り

魯の穆公は公子たちを晋や楚に派遣して仕えさせようとしますが、原文は次のように書かれています。(以下、拙訳)

■鲁穆公使众公子或宦于晋,或宦于荆。

■魯穆公、衆公子をしてあるいは晋に宦し、あるいは荊に宦せしむ。

■魯の穆公は、多くの公子を晋あるいは荊に仕官させようとした。

ここで注目していただきたいのは、仕官させようとしていた国のうち楚については原文では“荊”となっているということです。

この荊とは楚国の別名となり、他にも“荊楚”という言い方もあります。

ちなみに、前漢時代に存在していた諸侯国である“荊国”は楚国とはまた別のものになります。

また、“公子”という言葉についてですが、中国語の現代語訳を読んでみると穆公の息子たちと訳されているものを多く見かけますが、この公子という言葉には確かに「諸侯の子」という意味があります。

ただ、他にも「官僚や貴族の子」という意味もあることから、ここでの公子は穆公の子らだけでなく(もしくは穆公自身の子は含まれないかも)、臣下や貴族の子らを指しているかもしれません。

例文

下起雨来了,可是我忘了带雨伞。现在回家去拿雨伞是远水救近火的

(雨が降ってきたのに、傘を忘れてしまった。家に戻って傘を取ってくるのは“二階から目薬”だ)

類義語

远水不解近渴( yuǎn shuǐ bù jiě jìn kě ):遠方にある水は近くの渇きをいやすことはできない、緩慢なやり方では急場をしのげないことを比喩する

対義語

雪中送炭( xuě zhōng sòng tàn ):雪中に炭を送る、他人が最も困っているときに援助の手を差し伸べること

参照

中国故事成語 第10回『远水救不了近火』(イーコム中国語ネット)

『韓非子』「説林上」(維基文庫)

「远水不救近火」(百度百科)

「楚」(百度百科)

「公子」(百度百科)

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