【考察】西施が冒されていた病はなんだったのか

西施がかかっていた病とは

西施とは春秋時代に存在していたとされている絶世の美女で、中国四大美女のひとりになります。

他人のまねをして物笑いになってしまうことを意味する「西施の顰みに倣う」という成語として知っている人も多いと思いますが、そんな彼女はいつも苦しそうな表情を浮かべながら胸元(またはみぞおち)に手をあてていました。

彼女がどういう病に冒されていたのかということについては、様々な記事を参考にしながら下の記事西施が病んでいたのは心?それとも心臓?にまとめていますので、ぜひ読んでみてくださいね。

西施が冒されていた病については文献には具体的な記述がないために色々な説が出ています。

そこで今回は、西施が冒されていたであろう病について私なりに考察してみましたので、それを書いていきたいと思います。

【考察】西施の病:肥大型心筋症

いつも苦しそうに胸元もしくはみぞおちをおさえていた西施が、いったいどういう病に冒されていたのかについて西施が病んでいたのは心?それとも心臓?という記事で心臓・胃・心などに絞って見てきましたが、みなさんはどう感じましたでしょうか。

私もこの記事を書くにあたってインターネットの「Yahoo!」で調べていくうちに、西施がかかっていたのではないかという病をひとつ発見しました。

みなさん、「心筋症」(しんきんしょう)ってご存じでしょうか。

(この流れ、ナ●ツの漫才でみたな)

心筋症とは簡単に言うと「心臓の筋肉に異常があること」で、それによって全身に血液を送るポンプの機能が低下してしまいます。

心筋症の分類はアメリカや欧州、日本で分類の仕方が違うようなのですが、「一般社団法人日本循環器学会」「心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)」によると、日本の場合は4つに分類されます。

・「拡張型心筋症」:心筋が薄くなり拡大する

・「拘束型心筋症」:心筋が硬くなる

・「肥大型心筋症」:心筋が厚くなる

・「不整脈原性右室心筋症」

以上の4つに分類できないものは「分類不能心筋症」に分類されるとしています。

その中でも、西施は「肥大型心筋症」を患っていたのではないかと私は考えていますが、結論づけるにあたって西施の当時の状況を次のようであったと仮定します。

・西施が越国の王宮に送り込まれる前(紀元前490年)に心筋症を発症していたものとする

・王宮に召し出されたのが十代後半であったとする

それでは見ていきましょう。

「肥大型心筋症」とは分かりやすくいうと「心臓の下側の2つの部屋(左・右心室)が厚くなって固くなること」です。

引用:http://www.cardio.med.tohoku.ac.jp/2005/patient/about/index.html

症状としては「呼吸困難、狭心症と似た胸痛、胸部絞扼感(締め付け感)、動悸、失神など」があります。

西施が苦しそうな表情をしながら胸に手をあてていたのが胸痛や動悸のよるものだとしたら自然な動作になります。

また、これは18歳未満でも発症することもあるので、仮に西施が王宮に召し出される前に発症していたとして、故郷にいる頃から胸痛などに悩まされていたのであれば矛盾はしません。

また、あまりイメージはないかもしれませんが、西施は舞が非常にうまいことでも有名でした。

では今度は、心筋症を患っていた場合そもそも運動をしても大丈夫なのかという観点から見ていきましょう。

まずは「学校生活管理指導表」についてみていきます。

日本では児童・生徒のために「学校生活管理指導表」というものを作成していて、アレルギー疾患や肝疾患、心疾患、糖尿病などを持つ児童や生徒の情報を保護者や学校、医師と共有できるようにしているそうです。

私の周囲にはそういう人がいなかったので初めて知りました。

どのようなものかは「公益財団法人日本学校保健会」「学校生活管理指導表」のページをみてくださいね。

「心疾患患者の学校,職域,スポーツにおける運動許容条件に関するガイドライン(2008年改訂版)」によると、「肥大型心筋症」によって家族に突然死した人がいた場合や失神したことがある場合などを除いて、「学校生活管理指導表」に記載されている「中等度」までの運動はできるとされています。

また、「肥大型心筋症の診療に関するガイドライン(2012年改訂版)」によると、「学校生活管理指導表」に基づいてハイリスクのある患者はほとんどの運動などが禁止されていますが、突然死の危険が低い場合は中等度まで運動はできるとのことです。

その「学校生活管理指導表」によれば「運動種目」の「ダンス」の項目を見てみると、中等度の運動には「リズミカルな動きを伴うダンス」や「日本の民謡の踊りなど」ができるとされています。

たしかにこれは現代の日本において定められている基準なので、2000年以上も前の人にあてはめるのは無理があるかとは思いますが、ここではその道理をむりやり引っ込めたいと思います。

西施の心筋症の症状が突然死するほど悪化していなかったとすると、王宮で舞を踊れていたとしても不思議ではありません。

ちなみに「拘束型心筋症」の場合は軽い運動しかできません(心臓移植が必要となる)が、「拡張型心筋症」の場合は高度のリスクがなければ肥大型の場合と同様に中等度の運動はできるとされています。

では、なぜ西施が患っていたのが「肥大型心筋症」だと私は考えたのか。

それは「拡張型心筋症」は易疲労性が症状としてでるのに対して、肥大型の場合は易疲労性の症状はまれだからです。

なぜなら拡張型心筋症は心臓の下側にある2つの部屋が薄く伸びてしまうので、結果として(心臓の収縮機能が弱まり)血液を全身に送る力が弱まってしまうためです。

対して肥大型心筋症の場合は心臓の収縮機能自体は弱まらないため基本的には疲れやすさがでることはまれであるとしています。

となると、西施が舞を踊れていたのにも納得がいくわけです。

最後に、顔が美しかっただけでなく舞もうまかった西施ですが、そんな彼女にもひとつだけ欠点があったとされています

それは「足が太かった」ことです。

これは単に体質的なものや生活習慣によるものが原因だとしてスルーしてしまいそうになりますが、もしこれが「心不全の兆候」だとしたらどうでしょうか。

調べていくと肥大型心筋症でも慢性の心不全による死亡もあり得るとのことだったので、足のむくみは生まれつきの体質や生活習慣上の理由によるものではなくて、心筋症の症状が悪化してしまい心機能が低下してきたことで足がむくんでいたのかもしれません。

ちなみに西施が越国の王宮に送り込まれたのは紀元前490年で、死亡したのは紀元前473年とされています(死因は病死ではないですが)。

越国に送り込まれたのが10代後半だったとすれば亡くなったのは30代半ば頃。

肥大型心筋症の発症からの10年生存率も医学が発達した現代でさえ80%代とのことだったので、当時を考えれば有効な治療法などがなかったわけですから、症状が進行して慢性の心不全による足のむくみが生じていたとしてもおかしくはないはずです。

結論

長々と説明してきましたが、以上の点を踏まえて西施が患っていた病は「肥大型心筋症」であったと私は考えています。

最後に、注意して頂きたいのは、私は医学に関する知識はほとんどないのでここに書いてあることが必ずしも正しいというわけではないということです。

あくまでもネットで調べた情報や知識で考えていますので、暇つぶし程度に読んでいただけたら幸いです。

いや、西施はこの病気だったと思う!という方はコメント欄などで教えてくれたら嬉しいです。

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「miho」さん - パンダ

「あさひ晃」さん - ショートカット女性 

chinese-mao

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