【故事成語】推敲( tuī qiāo )

推敲( tuī qiāo ):意味

推敲( tuī qiāo )は日本語でもおなじみの「推敲する」という意味になり、詩や文章を書いている時に字句や表現が適切かどうかなどを何度も練り直すことを表します。

推は押す、敲はたたくという意味になります。

中国語の場合は、事に当たる上で繰り返し考えることについてもいいます。

また、「月下推敲」(げっかすいこう)という四字熟語もあり同様の意味を表しますが、こちらは『唐詩紀事』「賈島」が出典となっているようです。

推敲( tuī qiāo ):あらすじ

ある詩人が月の光に照らされた門を開ける動作を「推す」と表現するか「敲く」と表現するかで思い悩んでいたところ、他の人から「敲く」にしたほうが良いと言われたという話。

推敲( tuī qiāo ):故事

賈島(かとう)は初めての科挙を受けるため、都(洛陽)にいました。

ある日、ろばの背に乗っていると次のような詩を思いつきました。

「鳥宿池中樹、僧敲月下門」(鳥は池の畔の樹に留まり、僧は月明かりに照らし出された門をたたく)

(扉を)“敲”(たたく)ではなく“推”(押す)という字にしようかと考え、幾度となく考えを巡らしたもののなかなか決められずにいました。

ろばの背に乗りながら詩を朗唱し、押したり敲いたりする手の動きをしている彼の姿に、これを見ていた周囲の人はとても驚いていました。

当時、韓愈は臨時で京兆尹(都の行政長官)の官職を代行しており、車馬で視察に出ていました。

詩作に夢中になっていた賈島はそのまま韓愈の車馬の列に突っ込んでしまいましたが、なおも押したり敲いたりする手振りをしていました。

そして、韓愈の側近たちによって韓愈の前まで連れてこられた賈島はこう答えました。

「詩を考えていたところ、“推”の字にしようか、それとも“敲”の字にしようか決めかねおりました。そうしているうちに目の前が見えなくなってしまい避けなければいけないことに気付かなかったのです」

韓愈はそれを聞いてしばらく考えると、“敲のほうが良かろう”と言いました。

その後、ふたりは手綱を並べながら帰宅して詩について語り合うと、別れを惜しんで数日をともに過ごしました。

韓愈は賈島と身分や地位などにこだわらない付き合いをすることになり、韓愈は賈島に次のような詩を贈りました。

「孟郊死葬北邙山,日月風雲頓覚閑散。天恐文章声断絶,故生賈島在人間」

(孟郊は亡くなり北邙山に葬られた、日月風雲はにわかに暇を感じた、天は文章が絶えてしまうのを恐れ、故に賈島という人間をこの世に誕生させたのだ)

出典《鑑戒録・忤㫖》

《鑑戒録》:一日于驴上得句云:“鸟宿池边树,僧敲月下门”。始欲着”推”字,又欲作“敲”字,炼之未定,遂于驴上吟哦,时时引手作推敲之势。

今回の推敲( tuī qiāo )の故事の出典は、五代十国時代の後蜀に仕官していた何光遠の著である『鑑戒録』忤㫖」に登場します。

「賈忤㫖」についてですが、維基文庫の原文に記載されているものになります。

唐代の詩人について詩とその詩にまつわる話などを収めた書で、宋代の計有功(けいゆうこう)の編纂である『唐詩紀事』「賈島」にも短いながらも同様の話が記載されていて、また同じく宋代に阮閱によって編纂された『詩話総亀』「前集・巻十一」にも同様の話が記載されていて、こちらを出典としている辞書やサイトなどもあります。

ただ、故事については『鑑戒録』の「賈島旨」のほう(『詩話総亀』もそうですが)がより詳しく記述されていたので、今回の記事では『鑑戒録』の「賈島旨」を推敲の出典とさせていただきました。

『鑑戒録』の著者である何光遠(10世紀前半頃の人物)は、清初の『十国春秋』(中国の五代十国時代の歴史を記した歴史書)によれば、字を輝夫といい、東海(現在の江蘇省連雲港市東海県)の人で、学を好み好古(古い時代の物事を好むこと)であったとしています。

ちょっと深掘り

唐代の詩人だった賈島(779~843年)は字を浪仙(閬仙)といい、範陽(現在の河北省涿州市)の人で、韓愈とともに“詩奴”と呼ばれる唐代の詩人でした。

『全唐詩』『旧唐書』『新唐書』などによると、初め法号(戒名)を無本という浮屠(和尚のこと)でしたが、当時の東都(洛陽のこと)は僧侶は午後の外出が禁じられており、賈島は詩を書いて感傷的になっていました。

それを憐れんだ韓愈は詩について教えてあげることにし、その後、還俗した賈島は何度も落第したものの最終的には進士に合格したとされています。

武宗の時代に普州(現在の四川省東部と重慶市西部一帯)司倉参軍から司戸(戸籍や計帳などを扱う)に改任することになりましたが、赴任する前に65歳で亡くなりました。

また、賈島がろばの背に乗りながら考えていた詩についてですが、これは同じ詩人仲間の李凝(りぎょう)という人に会いに行ったものの会えなかった時のことを表現したものになり、『題李凝幽居』(李凝の幽居に題す)という題で『全唐詩』に収録されています。

幽居とは、世の中を避けてひきこもって静かに暮らすことやその住まいのことをいいます。

私自身、詩についてほとんどといっていいほど詳しくないですが、その『題李凝幽居』(李凝の幽居に題す)は以下のような詩になります。

《題李凝幽居》(李凝の幽居に題す

閒居少鄰並,草徑入荒園。

(閑居隣並少なく、草径荒園に入る)

鳥宿池邊樹,僧敲月下門。

(鳥は宿る池辺の樹、僧は敲く月下の門)

過橋分野色,移石動雲根。

(橋を過ぎて野色を分かち、石を移し雲根を動かす)

暫去還來此,幽期不負言。

(暫く去りて還た此に来る、幽期言に負かず)

この詩の内容に関しては、僧(一般的に賈島本人を指す)が李凝の家に行ったものの会うことができずに帰って行くということで違いはないようですが、後半の5句から8句までについては人によってさまざまな解釈があります。

例えば「過橋分野色,移石動雲根」の部分について言えば、これを賈島が帰り道に見た光景を描写しているとしているのが一般的ですが、これを李凝の庭にあるも描写しているのだとしている方もいます。

「自分の人生、他人の人生」というブログの「推敲」という記事や「中国故事街」「推敲」「楽しいことわざ教室」「題李凝幽居」「文字を楽しむ」というブログの「題李凝幽居(李凝の幽居に題す)」など、読んでみるとなるほどなという解釈をされていますので、興味のある方はぜひ読んで見てくださいね。

また、3句目の「鳥宿池邊樹」(鳥は宿る池辺の樹)“邊”はもともとは“中”という字だったとされており、「池中樹」、つまり月明かりによって池に映った樹を表現していたはずなのに、後世の人によって“邊”に書き換えられてしまったとも言われています。

例文

推敲用词

(言葉遣い、言葉の表現を推敲する)

反复推敲

(繰り返し推敲する、何度も推敲する)

仔细推敲

(丁寧に推敲する)

推敲您的想法

(あなたの考えを推敲する)

经不起推敲

(推敲に堪えない)

類義語

勉強中・・・(´д`)

対義語

勉強中・・・(´д`)

参照

『鑑戒録』「巻八・賈忤㫖」(維基文庫)

『唐詩紀事』「巻第四十・賈島」(維基文庫)

『詩話総亀』「前巻・巻十一」(維基文庫)

「題李凝幽居」(百度百科)

「推敲」自分の人生、他人の人生

「推敲」中国故事街

「題李凝幽居」楽しいことわざ教室

「題李凝幽居(李凝の幽居に題す)」(文字を楽しむ)

【考察】賈島と李凝がしていた約束

李凝の家に会いに行った賈島でしたが、残念ながら会うことはできませんでした。

そもそも賈島と李凝はどうして会う約束をしていたのでしょうか。

それについての私の考察を以下の記事【考察】賈島と李凝がしていた約束にまとめていますので、興味のある方はぜひあわせて読んで見てくださいね。

【坐井观天】韓愈はヒゲ少なめのぽっちゃりだった?

いろいろな偶然が重なってしまい“小顔で立派なひげが生えている人物”だと誤解されていた韓愈。

本当はぽっちゃりだったということが『夢渓筆談』には書かれています。

そのことについてちょっと詳しくまとめていますので、以下の記事【坐井观天】韓愈はヒゲ少なめのぽっちゃりだった?からぜひ読んで見てくださいね。

【韓国語】퇴고(推敲)

韓国語で推敲は퇴고(トゥエゴ)といいます。

内容的には本記事とほとんど変わりませんが、興味のある方はぜひ合わせて読んで見てくださいね。

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「せいじん」さん - ネコ

「miho.panda」さん - パンダ

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4件のコメント

  1. […] そこで、【故事成語】推敲( tuī qiāo )の記事では推敲の出典を何光遠(10世紀前半頃の人物)の著である『鑑戒録』の「賈忤㫖」にさせていただいたことから、今回の記事【韓国語】 […]

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