【得意忘形】阮籍は酒癖が悪かった?!

得意忘形( dé yì wàng xíng ):あらすじ

三国時代から晋代にかけて詩人・官吏であった阮籍は、得意になると自らの振る舞いを忘れてしまうという話。

得意忘形( dé yì wàng xíng ):意味

「得意忘形」は、「得意になって形を忘れる」、つまり「嬉しさのあまり我を忘れる」ということから、「有頂天になる」「得意になって我を忘れる」「調子に乗る」という意味になります。

ちなみに、日本語の「得意忘形」(とくいぼうけい)には、調子に乗るや有頂天になるという意味以外にも、「芸術などにおいて、精神的なものや本質的なのもを大切にして、外形を忘れること」という意味もあります。

阮籍(げんせき)とは

中国語には「有頂天になる」や「得意になって我を忘れる」、「調子に乗る」という意味に相当する「得意忘形」( dé yì wàng xíng )という故事成語があります。

その故事成語のもとになった人物とされているのが、「阮籍」(げんせき)という人物になります。

阮籍(210~263)は、現在の河南省開封市一帯にあった陳留郡に生まれ、三国時代から晋代にかけての官吏で、また詩人としての顔も持っており、竹林の七賢(三国時代末、現在の河南省北西部にあった山陽県で、酒を飲み清談を行い交遊した阮籍など7人の総称)のひとりでもあります。

『晋書』には「阮籍伝」として伝が立てられており、同書によれば、いつも毅然とした態度で遠慮や気兼ねをすることはなく、喜びや怒りを表情に出さなかったと言われています。また、彼の容貌について「籍容貌瑰傑」と書かれていることから、ずば抜けてのイケメンであったことが分かります。

家に閉じこもって書を読みあさり、特に『老子』や『荘子』を好んで読んでいたとされており、そこからインドア派な人なのかと思えば、山や川などの自然を見に出掛けては終日帰ってこなかったりと、アウトドア派の一面も持っていたようです。

また、ひとりで馬車に乗って出掛けては、轍(わだち)の跡が消えて先に道がなくなってしまうと嘆き悲しみ泣いて帰っていたという話も『晋書』の「阮籍伝」にはあります(馬車が通れないほどに道が狭くなったために引き返したという訳文もあります)。

酒を嗜みながら詩歌を歌い、琴を弾くこともできたといわれていて、明代の朱権(1378~1448)によって編纂された古琴の楽譜である『神奇秘譜』によれば、古琴曲である『酒狂』は阮籍の作であるといわれていることから、古琴の作曲もできるほどの才能の持ち主だったということになります。

イケメンで博識、さらには詩歌や音楽の才能もあって文句なしの阮籍ですが、『晋書』の「阮籍伝」を読んでいくとちょっと気になる記述があるので少し紹介したいと思います。(以下、拙訳)

「当其得意,忽忘形骸。」

「その得意にあたり、忽(たちま)ち形骸を忘れる」

「得意になった時は、たちまち自らの振る舞いを忘れた」

つまり、阮籍は得意になってしまうと自らの振る舞いを忘れてしまうという傾向があったようで、これを見た周囲の人は彼のことを間抜けだと言っていたとされています。

普段から喜びや怒りといった感情を表情に出さなかったとされる阮籍ですが、これが酒に酔ったことによるものなのかどうかはわかりませんが、そのような“奇行”があったと書かれていることから得意になると我を忘れてしまうという人物だったようです。

この「当其得意,忽忘形骸」から派生して現代の「得意忘形」という故事成語のもとになったとされています。

阮籍は酒癖が悪かった?!

そんな風変わりな阮籍ですが、『晋書』の他に、歴史的人物の逸話を収録した『世説新語』に記述されている彼の言動は「お酒」なくしては語れないのか、お酒を飲んで酔った時の話が多く載っています。

普段は喜びや怒りといった感情を表情に出すことはなかったといわれる阮籍ですが、『晋書』や『世説新語』を読んでみると意外や意外、酒好きな一面を窺い知ることができます。

そこで今回の記事では阮籍と酒について『晋書』や『世説新語』にどのように描写されているのかをまとめてみましたので、ちょっと詳しくみていきたいと思います。

以下、すべて拙訳になりますが、訳文や古典の文法などで間違いがありましたらご指摘いただけると今後の学習の励みになります。

阮籍と酒:『世説新語』

酒と文王

阮籍遭母丧,在晋文王坐,进酒肉。司隶何曾亦在坐,曰:“明公方以孝治天下,而阮籍以重丧,显于公坐,饮酒食肉,宜流之海外,以正风教。”文王曰:“嗣宗毁顿如此,君不能共忧之,何谓?且有疾而饮酒食肉,固丧礼也!”籍饮啖不辍,神色自若。

阮籍母葬に遭う、晋文王の座に在(いま)し、酒肉を進ず。司隷何曾また座に在し曰く、「名公方(まさ)に孝を以て天下を治める、而して阮籍以(すで)に葬重なる、顕わに公に座し、酒を飲み肉を食う、これ海外に流し、以て風教を正すことを宣べる」文王曰く、「嗣宗毀頓すること此くの如し、君共(とも)にこれを憂うこと能わず、何と謂うや。且つ疾(やまい)有りて酒を飲み肉を食らう、葬礼を固める也」籍飲啖(いんたん)輟(てっ)せず、神色自若たり。

阮籍は母親の喪中、晋の文王(司馬昭)の席にて酒を飲み肉を食べていた。司隷校尉の何曾(かそう)もその場にいて言った、「孝を以て天下を治めておられるのに、阮籍は度重なる葬儀にもかかわらず、あなた(文王)の前で酒を飲み肉を食べている、阮籍を僻地に流すことでその風習を正すべきかと」。文王は言った、「嗣宗(阮籍の字)はこのように喪中で悲しみに暮れている、君と私は彼を気にかけることはできない訳だから、これ以上何も言うことはないではないか。それに病気の時に酒を飲み肉を食べることで、葬礼をきちんと執り行うことができるではないか」。阮籍はそのまま飲むことも食べることもやめず、落ち着いたままだった。

②酒と歩兵校尉

步兵校尉缺,厨中有贮酒数百斛,阮籍乃求为步兵校尉。

歩兵校尉欠く、厨中に貯酒数百斛あり、阮籍乃ち歩兵校尉に為ることを求む

歩兵校尉に欠員が生じた、厨(くりや)に酒が数百石(こく)あったため、阮籍は歩兵校尉になるようにお願いした。

③酒と美人人妻

阮公邻家妇有美色,当垆酤酒。阮与王安丰常从妇饮酒,阮醉,便眠其妇侧。夫始殊疑之,伺察,终无他意。

阮公隣家の婦美色有り、壚に当たりて酒を酤る。阮と王安豊婦より酒を飲み、阮酔いて、便ちその婦の側らで眠る。夫始め殊にこれを疑い、伺察し、終に他意無し。

阮公の隣の家に美人な奥さんがいて、酒を売っていた。阮籍と王安豊はいつも彼女からお酒を買って飲んでいたが、阮籍は酔うとそのまま彼女の傍で寝てしまった。彼女の夫は初め阮籍のことをかなり怪しんでその様子を伺っていたが、結局のところ他意はなかった。

④酒と母の葬式

阮籍当葬母,蒸一肥豚,饮酒二斗,然后临诀,直言“穷矣”!都得一号,因吐血,废顿良久。

阮籍母を葬るに当たり、肥ゆる豚一つを蒸し、酒二斗を飲み、然る後訣れに臨みて、直だ「窮まれり」と言う。都て一号を得て、吐血に因り、廃し頓すること良久し。

阮籍の母を葬る際に、肥えた豚一頭をふかして酒2斗を飲んでいた。その後、最期の別れの時になると、「おしまいだ」とだけ言い、ひとたび泣くと血を吐いてしばらく倒れていた。

⑤酒と裴楷

阮步兵丧母,裴令公往吊之。阮方醉,散发坐床,箕踞不哭。裴至,下席于地,哭吊喭毕,便去。或问裴:“凡吊,主人哭,客乃为礼。阮既不哭,君何为哭?”裴曰:“阮方外之人,故不崇礼制;我辈俗中人,故以仪轨自居。”时人叹为两得其中。

阮歩兵母を葬る、裴令公往きてこれを吊す。阮酔うに方たり、髪を散らして床に座し、箕踞し哭せず。裴至り、席地に下し、哭して吊し喭畢わり、便ち去る。或ひと裴に問う:“凡そ吊すに、主人哭して、客乃ち礼を為す。阮既に哭せず、君何為れぞ哭すや”。裴曰く:“阮方外の人、故に礼制を崇ばず;我輩俗中の人、故に儀を軌するを以て自居す。”時に人ともにその中(ちゅう)を得ると嘆える。

阮歩兵(歩兵校尉の阮籍の意)は母を葬り、裴楷はこれを弔問した。阮籍は酒に酔い、髪を乱して両足を前に投げ出した格好で床に座り、泣いていなかった。裴楷は到着すると、席(むしろ)を地面に敷き、声を出して泣きながら弔うと、すぐに帰って行った。ある人が裴楷に聞いた。およそ弔う時というのは主人が涙してから客が礼を為すわけで、阮籍が泣いていないのになぜあなたは泣いたのですか。裴楷は言った。阮籍は世俗の外に生きる人だから礼制を重んじない、私は俗中の人だから習わしに従うのが相応しいと考えたのだ。当時の人はともに中(ちゅう)を得ていると讃えた。

⑥酒と憂さ

王孝伯问王大:“阮籍何如司马相如?”王大曰:“阮籍胸中垒块,故须酒浇之。”

王孝伯王大に問う、「阮籍司馬相如にいかん」。王大曰く、「阮籍胸中壘塊す、故に酒を須(もち)いてこれを澆(ぎょう)す」。

王孝伯(王恭)は王大(王忱)に「阮籍は司馬相如と比べてどうであるか」と尋ねた。王大は言った、「阮籍の胸中には不満が募っているので、酒でその憂さを晴らしている」。

阮籍と酒:『晋書』

①酒と志

籍本有济世志,属魏、晋之际,天下多故,名士少有全者,籍由是不与世事,遂酣饮为常。

籍もと世を済う志有り、魏、晋に属す際、天下多故、名士に全き者少に有り、籍これに由り世事に与らず、遂に酣飲を常と為す。

阮籍にはもともと世の中を救うという志があったが、魏や晋の時代には天下に多くの変乱があり、名士に素晴らしい者がほとんどおらず、このため阮籍は世事に関わらず、遂には酒を飲むことが常となった。

②酒と縁談

文帝初欲为武帝求婚於籍,籍醉六十日,不得言而止。

文帝初め武帝の為籍に婚を求めんと欲す、籍六十日酔いて、言を得ず止む。

文帝(司馬昭)は初め、子の武帝(司馬炎)に阮籍の娘を嫁がせようとしたが、阮籍は60日のあいだ酔い続けたために返答が得られず(その話は)なくなってしまった。

③酒と鍾会

鍾会数以时事问之,欲因其可否而致之罪,皆以酣醉获免。

鍾会しばしば時事を以てこれを問う、其れに因りて否らずんばこれ罪に致すべからんと欲す、おなじく酣醉を以て免を獲る。

鍾会はしばしば阮籍に時事について尋ね、それによって阮籍を罪に陥れようとしたが、またしても酒に酔っていたことで難を避けることができた。

④酒と隣の人妻

邻家少妇有美色,当垆沽酒。籍尝诣饮,醉,便卧其侧。籍既不自嫌,其夫察之,亦不疑也。

隣家の少(わか)き婦に美色有り、壚に当たりて酒を酤る。籍嘗て詣り飲む、酔いて、便ち其の側らに臥す。籍既に自嫌せず、其の夫これを察するも、亦た疑わず也。

隣家の若い女は美しい顔立ちをしており、そこで酒を売っていた。ある時、阮籍は彼女のもとにやって来ると酒を飲んで酔っ払い、その傍で寝てしまった。阮籍はまったく遠慮することはなく、彼女の夫はその姿を見ていたものの、疑うことはなかった。

⑤酒と若き才女

兵家女有才色,未嫁而死。籍不识其父兄,径往哭之,尽哀而还。

兵家の女才色有り、未だ嫁がず而して死す。籍その父兄を識らず、径ちに往きてこれを哭し、哀しみ尽き而して還る。

兵の家の娘は顔立ちも美しく才知も優れていたが、まだ嫁がないうちに亡くなってしまった。阮籍はその父や兄とは面識はなかったが、すぐにその家に行って声を出して泣き、悲しみが尽きると帰って行った。

その他

阮籍と酒にまつわる話を『世説新語』と『晋書』から抜き出してみましたが、いいかがだったでしょうか。

重複している話もありますが、一貫しているのは阮籍が酒に酔っては何かをやらかしそうになったり、はたまたやらかしてしまっているということではないでしょうか。

ちなみに、『世説新語』の阮籍と裴楷の話で、「中(ちゅう)を得ている」という言葉がでてきましたが、これは易経で用いられる言葉のようで、つまりは「バランスがとれている」「バランスが良い」という意味になるとのことです。

ここでは、裴楷の弔問に際してあくまで俗外のスタンスを貫く阮籍に対して、それを咎めることもなくただ黙々と慣習に従った裴楷の行動を周囲の人は「中を得ている」とほめ讃えました。

私は酒はまったく飲みませんが、いつの時代も酒はほどほどにしたいものですね。

参照

『世説新語』「廷誕」(維基文庫)

『晋書』「阮籍伝」(維基文庫)

易経入門5 「爻(こう)」について(易経独学)

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「miho.panda」さん - パンダ

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