現代版「杞人忧天」:「杞人忧钴」とは

杞人忧天( qǐ rén yōu tiān )とは

「杞人忧天」( qǐ rén yōu tiān )とは、春秋時代に杞国のある人が天地が崩れ落ちないか心配していた故事からできた故事成語で、日本語でいうところの「杞憂」「取り越し苦労」のことです。

詳しい内容については以下の記事でまとめていますので、ぜひ読んで見てくださいね。

杞人忧钴( qǐ rén yōu gǔ )とは

正式な中国語ではないですが「杞人忧钴」( qǐ rén yōu gǔ )という言葉を見つけたので今回はそれを紹介したいと思います。

直訳すると「杞人、“钴”を憂う」となります。

「杞人」の「」は現在の河南省開封市にある「杞県」を指していて、春秋時代には杞国があった場所でした。

「開封市の管轄下にある杞県」と聞いて「市の管轄下に県があるの?」という感じで日本人の感覚からしたらだいぶ違和感がありますが

中国では名称こそ「市」にはなっているものの、事実上「県」と同格に扱われる「県級市」という行政単位があり、この杞県が属する開封市もその県級市になります。

杞県というとほとんど聞いたことがない地名だと思いますが、2000年以上にわたってニンニクを栽培している地域で、「ニンニクの里」と称されることもあります。

また、ニンニクの他にも唐辛子や落花生、綿花、小麦、キノコなどの「生産基地」である「農業大県」でもあり、「中原の穀倉」(中原粮仓)の美称があります。

一方、「杞人忧钴」の「钴」( gǔ )についてですが、日本語では「コバルト」という元素のことで、元素記号は「Co」になります。

化学好きの人だったりすれば別かもしれませんが、普段あまり耳にすることがない元素名なのでピンとこないかもしれません。

昨今では、アフリカのコバルト採掘場で児童が不法に労働させられているにもかかわらず、アップルなどの企業がそこから原料を調達していたということで、某人権団体が企業を提訴するとかなんとかでコバルトの名を聞いたことがあるかもしれません。

コバルトは普段私たちが使っているスマホやノートパソコンなどのリチウムイオン電池の正極材として使われていたりしますが(←この付け焼き刃感www)、最近では「コバルトフリー電池」なる言葉もあるようで、門外漢の私にはさっぱり分かりません。

また、水溶性ビタミンの一種であるビタミン12を構成する分子中にもコバルトは含まれていることから、ビタミン12「コバラミン」というちょっと可愛らしい別名で呼ばれることもあるそうです。

成人の体内には4.5mgのコバルトが存在するらしく、体内に取り込まれた後はすぐに排出されるものもあれば、数年間も体内にとどまるものがあり、特に脳や骨に蓄積されやすいようです。

私はコバルトという言葉を聞くと、小中学生の頃によくプラモデル(主に第二次大戦中のドイツ軍やアメリカ軍の戦車や日本軍の戦闘機)を作っていた関係から、プラモデルの塗装用によく使っていたタミヤ製の「コバルトブルー」という塗料の名前を連想してしまいます。

よく、第二次世界大戦中のアメリカ軍軍用機の機体上面にコバルトブルーを塗っていた記憶があります。

話がそれてしまいましたが

この「杞人忧钴」とは「杞人、钴(コバルト)を憂う」という意味になります。

ここでの「杞人」とは「杞県の人」のことを指しますが、これはコバルトが発端となって広まった噂やデマで混乱した杞県の人たちが、一斉に各地に避難したという出来事がもとになっています。

なぜ杞県の人たちが我々の日常生活とはほとんど無縁とも思えるこのコバルトを憂える必要があったのでしょうか。

「杞人忧天」のスピンオフ的な感じでこの「現代版“杞憂”」こと「杞人忧钴」を読んでもらえたらと思いますが

ただその前に、この「杞人忧钴」の話をイメージしやすいように、まず「放射線照射による滅菌や殺菌」について解説したいと思います。

読むのが面倒くさい方は次の「放射線照射による滅菌や殺菌」の部分を飛ばしてもらっても構いませんのでどうぞ。

放射線照射による滅菌や殺菌

「放射線」や「放射能」という言葉を聞くと、なんとなく「原子力発電所」「人体にものすごく有害」などのどこか漠然とした不安やマイナスのイメージを抱いてしまうことがほとんどではないでしょうか。

実は、私は大学を1年間休学していた時期に、3カ月だけですが福島県の本宮市や二本松市で「除染」の仕事をしていたことがあるので、「放射線」などの言葉を聞くと「除染」をまず連想してしまいます。

「除染」とは超簡単に言うと、建物や地面に付着した放射性物質を取り除くことですが、最近はメディアで取り上げられることがほとんどないので、これを読んで久しぶりに思い出した方も多いのではないでしょうか。

確かに放射線は人体に有害かもしれませんが、正しく利用すれば私たちが普段使っている電気や、ガン治療などの放射線治療として人間にいろいろな恩恵をもたらしてくれます。

私も今回の記事を書くにあたっていろいろと調べていく中で初めて知ったのですが、放射線はエネルギー分野や医療分野だけでなく、農業や食品などの分野において「滅菌や殺菌」をしてくれるという形で私たちの生活に大きく貢献しているようです。

特に食品などに放射線を浴びせて滅菌や殺菌を行う「食品照射」は、熱を加えずに包装済みの食品などを何重にも重ねた状態で殺菌・滅菌できるというメリットがあるだけでなく

他にもバナナなどの熟成を遅らせたり、ジャガイモなどの発芽を抑制したりすることができます。

化学物質を用いないで、しかも対象物を均一に殺菌・滅菌できるというのが大きなメリットかもしれませんが、やはり直に口から入るものに放射線を照射するというのはやはり心理的な抵抗を感じてしまうというのが消費者の本音のようです。

世界保健機関(WHO)などの機関による研究では安全性が証明されているとのことです(今のところは)。詳しくは「日本食品照射研究協議会」「食品照射とは」のページを読んでみてくださいね。

この放射線によって滅菌や殺菌をする放射線照射を行うからには、その放射線を出すもとになる「放射線源」(ほうしゃせんげん)というものが必然的に必要になってきます。

ここで登場してくるのが最初にほんの少しだけ触れた「杞人忧钴」の「钴」( gǔ )の「コバルト」になりますが、コバルトといっても単なるコバルトではなくて、「コバルト60」(钴-60)になります。

コバルト60というのはコバルトの同位体(原子番号は同じだけど原子核の中にある中性子数が異なるもの、化学的性質は同じだけど質量が異なる)の一種で

ガンマ線源(ガンマ線を放射する物質)として、放射線療法などの医療用に、また食品照射や非破壊試験(橋やビルなどの内部の劣化状況などを調べる試験のこと)などの工業用に用いられます。

コバルト60は、「コバルト59」に中性子を照射することで人工的に生成されます。コバルト60はその後、ベータ崩壊を起こしてベータ線を放射してニッケル60になり、さらにそのニッケル60がガンマ崩壊することでガンマ線が放出されます。

簡単に言うと、安定したコバルト59が中性子を捕獲することによって、不安定になったコバルト60がニッケル60へと変化していく過程で段階的に放射線を出していくという感じでしょうか。

核爆発が起こるとたくさんの中性子が発生するわけですから、上の原理を利用すれば核弾頭といっしょににコバルトを搭載すれば放射線被害をさらに増やすことができてしまいます。

悪い人の手に渡ってしまうと「コバルト爆弾」という放射線爆弾が完成してしまうわけです。

「コバルト60は放射線を出すもとになる」というイメージができたところで、ここで話をガンマ線を利用して滅菌や殺菌などを行う「放射線照射施設」に切り替えます。

「放射線照射施設」では通常、コバルト60は厚く頑丈な壁(遮蔽壁)に囲まれたプールの中に貯蔵されていて、必要な時に昇降機で吊り上げて取り出し、使い終わったら再び昇降機でプールの中に貯蔵し、放射能漏れなどがないように厳重に取り扱っているようです。

言葉で説明してもわかりにくいと思うので、「日本照射サービス株式会社」さんと「株式会社コーガアイソトープ」さんのホームページから画像を引用させてもらいました。

引用:「日本照射サービス株式会社」https://www.jisco-hq.jp/visit.php
引用:「株式会社コーガアイソトープ」http://www.koga-isotope.co.jp/gamma/process.html

基本的には、貯蔵プールから昇降機で取り出した放射線源の放射線を、コンベアに流れている製品に照射するというやり方で滅菌や殺菌などをするようです。

放射線利用やガンマ線照射施設などについての詳しい内容については「原子力百科事典」(ATOMICA)「放射線利用と照射施設」を読んでみてくださいね。

また、「ラジエ工業株式会社」さんのホームページには照射施設についてYouTube動画で解説しているのでイメージが湧きやすくなるかもしれません。

日本ではジャガイモの発芽抑制に利用されている以外は食品自体に利用されている事例はほとんどないようですが、企業の取引実績を見てみると、私たちの日用品の滅菌殺菌に利用されることが多いようです。

例えば、身近なもので言えば絆創膏や綿棒、マスクに始まり、生理用品、おむつ、包帯などの不織布などの滅菌。

また、マーガリンやヨーグルトといった食品容器、化粧品・医療品の各種容器の滅菌にも用いられているだけでなく、化粧品の原料や目薬の原料の滅菌などにも利用されていて、調べてみると放射線による滅菌・殺菌と私たちの生活はとても密接に関係していることが分かります。

杞県の某工場

放射線による滅菌・殺菌や放射線照射施設について大まかにイメージができたと思うので、ここから「杞人忧钴」の話に入りたいと思います。

今回の「杞人忧钴」の言葉が誕生した舞台は河南省開封市の杞県になりますが、そこに「利民輻射中心」(利民輻射センター)という施設がありました。

1997年に建てられたその施設はいわゆる「放射線照射施設」で、インスタントラーメンの調味料や粉末状の唐辛子などにガンマ線を照射して滅菌する「食品照射」を行う施設でした。

そして、その施設でも食品照射の過程でこのコバルト60を放射線源として用いていました。

しかし、2009年6月7日午前2時頃、作業中の製品が何らかの原因で倒壊したことにより、放射線源として利用していたコバルト60をプールに格納することができなくなってしまうという事故が起こってしまいました。

「杞県コバルト60事故」とは

「杞県コバルト60事故」は中国では「杞县钴-60事件」という名称でWikipediaに載っていますが、「杞人忧钴事件」などの言い方もあり、各メディアや個人により呼び方はさまざまあるようです。

具体的に何が起こって、その後いったいどうなったのか。

「杞県コバルト60事故」について時系列で見ていきましょう。

まず、2009年6月7日の午前2時頃、作業中の製品が倒壊してしまい、それにより貯蔵プールの入り口が塞がれてしまったことで、結果としてコバルト60を貯蔵プールの中に戻すことができなくなってしまうという事故が発生しました。

それから1週間後の6月14日の15時頃、放射線源からの放射線を長時間にわたって浴びてしまった滅菌中の粉末状の唐辛子が発火し火災が発生、火災はその日の24時頃には鎮火。

同日午後には近隣住民が同施設から煙が上がり消防車が出動しているのを目撃していましたが、この時点で杞県人民政府は住民に対して事故のことを一切知らせることはありませんでした。

約1カ月後の7月10日、とあるネットユーザーが「開封市の杞県で放射能漏れ」というスレッドを立てました。また、環境保護部(日本の環境省に相当、現在の生態環境部)の関連機関が利民輻射施設の安全対策についての不備を指摘・指導した内容の「改善通知」(行政指導?)をスレッド内に貼り付けました。

7月12日、開封市政府はこの事故について初めて記者会見を開いて、放射能漏れがないことを説明したことで、事態は一旦は収束に向かいました。

7月15日、河南電視台の番組で今回の事件についての番組が報道され、その中で杞県政府の最初の事故対応について「理解不能」と批判。

7月16日午前、環境保護部(現、生態環境部)の専門家チームがロボットを使って調査しようとするも、いずれも失敗。

同日昼頃、「コバルト60が爆発する」「すでに多数の死者が出ている」とのデマが広まったことで住民が県外への避難を始めました。多くの人が車やトラクター、オート三輪(三輪自動車)で避難したために渋滞が発生し、杞県の交通はマヒ。

現地政府は専門家を招いて記者会見を開き、事態の沈静化を図ったものの事態が収束する気配は一向に見られませんでした。

7月17日21時頃、開封市政府は記者会見を開いてデマによる混乱を鎮めようとしたものの、効果は一部の住民が帰って来ただけにとどまり、多くの住民は依然として避難を続けました。

これにより杞県周辺の宿泊施設は満杯となってしまい、杞県から避難してきた多くの人が野宿することとなりました。

7月18日、多くの住民が杞県に戻り始めました。また同日にはデマを流したとして5人が逮捕されました(16日に逮捕したとの報道も)。

それから約1カ月後の8月18日、西南科技大学のプロジェクトチームが製作した4台のロボットが投入され、事故現場での後処理を行いました。

8月23日午前、照射室で再び火災が発生したものの鎮火。

8月24日午後8時半頃、放射線源の格納作業を開始して、無事に放射線源をプールに格納することができました。

その後、放射線レベルが正常値に戻ったことが確認できたことで2カ月半にわたった今回の事故が収束することとなりました。

この放射線放射施設で起きた事故を現地政府がすぐに住民に知らせなかったことで、その恐怖から様々な憶測が飛び交い、それがやがてデマとなって広まったことでこれだけの大混乱を起きてしまいました。

杞県政府の「三不」という過ち

7月15日に河南電視台で放送された今回の事故に関する番組では杞県政府の対応を「“不通报情况,不接受采访,不允许报道”」「三不」だったと批判していました。

つまり、杞県政府が「事故を報告せず、取材を受けず、報道を許可せず」、正しい情報が住民らに伝わらなかったばかりか、その情報の不透明さがむしろ住民らの恐怖をむだに増大させてしまい

結果として根拠のない噂やデマが広がったことで、県外への大規模な一斉避難という混乱の発生に拍車をかけてしまったというわけです。

放射能漏れなどは起こらず人が死傷するようなことは何もなかったわけですが(おそらく・・・)、当時の杞県の利民輻射センターの近くに住んでいた人たちや、デマを信じてしまった人たちからしたら文字通り杞憂だったわけです。

誰が初めに言いだしたのかはわかりませんが、2000年以上前にあった杞人にまつわる「杞人忧天」の故事と、今回の事故が発生した杞県がちょうどうまい具合にリンクして「杞人忧钴」という言葉ができたわけです。

確かに利民輻射センター付近の住民やデマを信じてしまった人たちからすると結果として杞憂だったかもしれませんが

さらに調べていくと、どうやら利民輻射センターの関係者からするとそれは杞憂でも何でもなかったという事実が見えてきます。

使人忧钴」だった・・・?

2009年6月7日に発生したこの杞県コバルト60事故。

実はこの事故が発生する約1カ月まえの5月19日に「華北核与輻射安全監督站」(華北核・放射能安全監督所)による安全検査が行われていました。

「華北核与輻射安全監督站」(華北核・放射能安全監督所)とは、2009年当時の環境保護部(現、生態環境部)管轄下の「国家核安全局」(通称、核安全局)の出先機関のことで、現在、全国に6カ所設置されています。

「華北核与輻射安全監督站」では主に北京市・天津市・河北省・山西省・内モンゴル自治区・河南省の核および放射能についての安全監督業務などを担っています。

利民輻射センターは、事故が発生する1カ月前の段階で「華北核与輻射安全監督站」からいろいろと安全事項について指摘されており、その安全対策や放射能汚染防止対策について重大な欠陥があるという内容の報告を受けていました。

指摘事項の例としては、停電時に放射線源が自動でプールに格納されるようになっていないこと、誘導灯や地震感知器の未設置、放射線源貯蔵用プールの水の循環管理システムが未設置などの他にも

作業員の健康管理や線量測定を管理するルールがないこと、放射能事故の対応マニュアルなどの内容的な不備などがありました。

これらの指摘事項から利民輻射センターには「安全に関して重大な欠陥がある」との結論が出されていて、設備などについて9月末までに改善するよう求められていました。

しかし、タイミングがいいのか悪いのか、改善期限の9月末を迎える前に事故が発生してしまったわけですから、何とも後味が悪いです。

いずれにせよ、事故発生前からこれらの事項の不備などを指摘されていたことから、利民輻射センターの関係者にしてみれば今回の事故は「杞憂」でも何でもなかったわけです。

また仮に基準を満たしていないことが発見された場合には「即時」運転を中断させるなどの行政的な措置を執ることができれば良かったのかもしれませんが、結果として改善の要求にとどまっていたようです。

当時の法の整備状況などについてどうなっていたのかよく分かりませんが、残念ながら「杞人忧钴」はほぼ人災だったと言ってもいいのではないでしょうか。

この事故はまさに利民輻射センターの関係者による「使(杞)人忧钴」だったのかもしれません。

杞人が杞憂していた理由

春秋時代、杞国の人が当時“杞憂”していた理由についての説を以下にまとめていますので、こちらの記事もぜひ読んでみてくださいね。

「杞国」はなぜ「杞」国なのか

「杞憂」していたあの頃から脈々と受け継がれてきた伝統は今も中国の農村で人々の生活を支えています。

杞国の国名の由来についてちょっとだけ詳しく解説しているので、ぜひ読んで見てくださいね。

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「miho」さん - パンダ

「ILLUSTRATION*STORE」さん - おばけ

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