【韓国語】망매지갈(望梅止渴)

망매지갈(望梅止渴):あらすじ

喉が渇いた兵士たちに曹操が「この先に梅の林がある」と伝えたことで、なんとかこの苦境を脱した話。

망매지갈(望梅止渴):意味

망매지갈(望梅止渴)「空想により自らを慰める」という意味になり、これは中国語の「望梅止渴」( wàng méi zhǐ kě )がもとになっています。

これは三国時代に魏の曹操が行軍の途中になかなか水源が見つけられずにいましたが、機転を利かせた曹操は兵士たちに「この先には大きな梅林があるぞ」と言ったところ

これを聞いた兵士たちの口の中はつばであふれ、これにより曹操は部隊を先へ進めると、無事に水源を見つけることができたという故事からきています。

中国語の「望梅止渴」についての詳しい内容は、以下の記事望梅止渴( wàng méi zhǐ kě )にまとめてありますので、興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。

「空想により自らを慰める」なんて聞いても、なんかいまいち意味が分かりそうでちょっと分かりにくい感じになっていますが

例えば、猫を飼いたいけどいろいろな事情によって飼えないという時に、YouTube動画で猫を実際に飼っている人の動画を観たり、野良猫を撮影している人の動画を観たりしてその欲求を満たすのをイメージすれば理解しやすいかもしれません。

使い方としては、別に頭の中で想像しなくても、実際の行動によって叶えられない欲求を満たすことにも用いられるようです。

例えば、野球の試合を生で観たいけれど球場まで行けないといった場合に、テレビで野球の生中継を観るというというのも立派な(?)망매지갈(望梅止渴)になります。

私の場合、中国旅行をしたいという気持ちはあるのですが、こうして働いているので時間がとれず、結局はGoogleEarthで行きたい場所の人工衛星画像を見ながら実際に行った気になっているという感じです。

まさに망매지갈(望梅止渴)です。

ちなみに、망매지갈(望梅止渴)について韓国語の字幕つきで易しく解説しているYouTube動画があります。

ちなみに、私が(気が向いた時に)中国語の故事成語を韓国語でも調べる理由は、単純に興味があるというのもそうですが、これによって漢字のハングル読みの練習にもなるからです。

また、漢字のハングル読みは中国語の発音と似ているものが多いので覚えやすいというのもあります。

出典《세설신어・가귤》【世説新語・譎】

《세설신어・가귤》:(韓国語訳が見つけられませんでした)

세설신어》(世説新語:せせつしんご)とは、南朝宋(南北朝時代の南朝の王朝、劉宋とも)の皇族であり文学者・官僚でもあった劉義慶(403~444年2月26日)によって著された小説のことで、別名『世説』ともいいます。

『世説新語』は、後漢後期~魏晋の著名人の逸話について書かれたもので、もともとは8巻あったとされていますが、現存するのは3巻のみになります。

前漢時代に劉向が『世説』という書を著していたことから(原本は逸失)、宋代になって劉義慶の作を『世説新語』というようになったとされています。

この『世説新語』は全36篇からなり、各篇には複数の物語が収録されていて、『世説新語』全体では1130話にのぼる逸話が収められているとされています。

登場人物はすべて歴史上の人物ですが、中には伝聞も含まれており、すべてが事実に基づくものではありません。また、話の長さもまちまちで、数行で終わるものもあれば、中には一文で終わってしまうようなものまであります。

さて、今回の「망매지갈」(望梅止渴)の故事成語のもとになった故事は、この『世説新語』の第27篇「가귤」(譎)に登場します。

譎」とは「偽ること、欺くこと」という意味で、この篇に収録されている話はすべて「目的達成のために嘘をついたり、ごまかしたりする、でまかせを言う」ものになりますが、悪意のあるものからそうでないものまであります。

『世説新語』の「假譎」の2つめに載っているのが今回の「망매지갈」(望梅止渴)の故事になりますが、たったの二文しかないので、あっという間です。

韓国語で書かれたものを見つけることができませんでしたが、日本語の書き下し文や現代語訳についてはこちらの「IKAEBITAKOSUIKA」から読めますのでどうぞ。

ちょっと深掘り

「望梅止渴」と似たような意味の韓国語に「목마른 사람에게 물소리만 듣고 목을 축이라 한다」という諺があります。

直訳すると「のどが渇いた人に“水の音”だけ聞かせて渇きを癒やそうとする」になり、中国語訳は「让口渴的人听水声润喉」(のどが渇いた人に水の音を聞かせて喉を癒やす)となっています。

この「목마른 사람에게 물소리만 듣고 목을 축이라 한다」は、「言葉ばかり甘くして、なんら中身のない対策を立てること」を比喩的にいう言葉としています。

確かに、曹操が兵士たちに「この先にウメの林があるぞ」と叫んで期待させてなんとか窮境を脱したとしても、その先にウメの林なんてありませんでしたと言われたら、兵士たちにしたらたまったものではありません。

『世説新語』にはその先に水源を見つけることができたと記述されているので“めでたしめでたし”でしたが(もちろん小説なので史実ではないかもしれませんが)、もしも水源が見つけられなかったらと考えるとちょっと恐ろしいです。

ま、終わりよければすべて良しなのかもしれませんが。

この「목마른 사람에게 물소리만 듣고 목을 축이라 한다」というのが日常的に用いているのかどうかは分かりませんが、韓国には「望梅止渴」と似たような諺としてこのようなものがあるということでした。

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「せいじん」さん - ネコ

「miho」さん - パンダ

「kp」さん - 看板

「みほな」さん - 蛇口

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