【故事成語】家喻户晓( jiā yù hù xiǎo )

家喻户晓( jiā yù hù xiǎo ):意味

「家喻户晓」( jiā yù hù xiǎo )の意味は、どこの家でも知っている、誰でも知っている知らない人はいない津々浦々に知れ渡っている広く知られているなどになります。

家喻户晓( jiā yù hù xiǎo ):あらすじ

火事になった家から自分の子どもだけを救い出してしまった女性が、そのことを恥じて再び燃え盛る家の中に飛び込んでいくと、そのまま帰って来ることはなかったという話。

家喻户晓( jiā yù hù xiǎo ):故事

昔、梁国に節操を貫く女性がいました。

みんなから梁姑と呼ばれていたその女性にはまだ幼い子どもがおり、兄と兄嫁、その子どもと一緒に暮らしていました。

ある日、兄と兄嫁は畑に野良仕事に出掛け、梁姑は家で子どもたちの子守をしていました。

梁姑がひとり庭で洗濯をしていると、突然、家から火の手が上がりました。

子どもたちがまだ家の中にいたので梁姑はすぐに燃えさかる家の中へ飛び込んでいくと、まずは兄の子どもを助け出そうとしました。

しかし、もうもうとした煙で視界が悪かったので抱きかかえたのが自分の子どもか兄の子どもか分かりませんでした。

外へと飛び出して抱きかかえていた子どもを見てみると、助け出したのは兄の子どもではなく自分の子どもでした。

この時、火の勢いはますます盛んになりましたが、それでも梁姑はまた家の中へと入ろうとしました。

すると、その様子を見ていた友人が梁姑に言いました。

「兄の子を助け出そうとしたけど焦ってしまったから自分の子どもを助けてしまった。それは別に間違ってはいないのに、どうしてまた火の中に飛び込もうとするのか」

それに対して梁姑は言いました。

「梁国中にこのことが広まってしまっていいわけがありませんし、不義の名を被ってしまっては兄弟国人に顔向けできません。我が子を再び火の中へと投げ込んでしまいたいが、それでは母親としての慈しみを失ってしまうことになります。もうこのままでは生きてはいけません」

梁姑は再び火の中へと飛び込んでいくと、兄の子とともに二度と戻って来ることはありませんでした。

出典《 烈女伝・節義伝・梁節姑姐》

《 烈女传・节义传・梁节姑姊:妇人曰:“梁国岂可户告人晓也?被不义之名,何面目以见兄弟国人哉!吾欲复投吾子,为失母之恩,吾势不可以生。”

今回の故事成語である「家喻户晓」( jiā yù hù xiǎo )の故事は、前漢の劉向(りゅうきょう)による『烈女伝』「節義伝・梁節姑姐」が出典となっています。

『烈女伝』は前漢の官僚・文学家であり、また儒学者としての顔を持つ劉向による作とされていますが、彼の作ではないという説もあります。

この『烈女伝』は(儒家から見た)女性の理想を著した書とされており、その内容の一部は現代においては女性に対する不平等という評価が下されているようですが

そもそもこの『烈女伝』が書かれたのには当時の宮廷内の事情があります。

当時の前漢は11代目皇帝の成帝(在位:紀元前33~紀元前7年)の治政でしたが、趙飛燕・合徳の超美人双子姉妹によって成帝は翻弄されてしまったりなどして、王氏ら外戚の影響力が強くなってきていた時期でした。

暗雲が漂い始めたことに漢王朝の行く末を案じた劉向は、皇帝はもちろんのこと宮中の女官や外戚を戒めようとしたのが『烈女伝』誕生のきっかけになります。

完成後、成帝に献上すると素晴らしいと褒め称えはしたものの、皇帝はもちろんのこと宮中の女官や外戚も何も変わることはなく、結局はそのまま事態は悪化の一途をたどるばかりでした。

そのような事情があって誕生したこの『烈女伝』ですが、『烈女伝』は「母儀伝」「賢明伝」「仁智伝」「貞順伝」「節義伝」「辯通伝」「孼嬖伝」の7巻から構成されています。

『烈女伝』には105名分の女性の話が載っているとするサイトもあれば、110名分の話が載っているというサイトもありますが、「维基文库 – 烈女传」には104つの話が載っています。

さて、「家喻户晓」の故事はというと「節義伝」の「梁節姑姊」に登場します。

「節義伝」とは「義に背かず、節義のためには死をいとわない女性」にまつわる話がメインになっています。

この故事の原文には「家喻户晓」という言葉自体は登場せず、「户告人晓」( hù gào rén xiǎo )という言葉がでてきており、家から家へと伝わっていき、みんなが知っているという意味になります。

その後、「家至户晓」( jiā zhì hù xiǎo )と変化していき、最終的には今の「家喻户晓」の形に落ち着いたと言われています。

ちょっと深掘り

梁国とは前漢時代の諸侯国(封国)のひとつで、現在の河南省商丘市(河南省東部)および安徽省北部のあたりにあり、8つの県を管轄していた人口およそ10万人ほどの国だったと言われています。

紀元前154年の呉楚七国の乱では梁王の劉武が、長安へ向かう呉・楚の連合軍を足止めしたことで功を立てました。

後漢時代には9つの県を管轄するようになり、人口は約43万人となりました。

また、河南省永城市(同省商丘市管轄下の県級市)の北部にある芒碭山 には、劉武を初めとする漢代の梁国の王とその家族が眠る漢梁王墓群(または芒碭山漢墓群)という陵墓があり観光地となっています。

梁节姑姊「姊」( zǐ )についてですが、この姊という字は日本語で姉という意味になりますが、日本語で普段みかける姉という字はこの「姊」の異体字になります。

姉やお姉さんを意味する中国語の「姐姐」( jiě jie )は話し言葉で用いられますが、姊に関しては「姊妹」などの複合語、やや硬い言葉に用いられます。

梁姑の子どもは1人それとも2人?

今回の「家喻户晓」の故事ですが、中国語の現代語訳を読んでみると、この梁姑の子どもが「1人」のバージョンと「2人」のバージョンがあります。

私も最初は梁姑の子どもが2人だと思っていたのですが、原文を読んでみるとどうも1人しかいないようにしか感じませんでした。

そこで、原文をよくよく見てみると恐らくこれが原因なのではないのかなという単語を見つけました。

詳しくは下の記事にまとめてありますので、ぜひ読んでみてくださいね。

例文

贝多芬是一个家喻户晓的大音乐家。

(ベートーベンは誰もが知る大音楽家である)

这个故事在日本家喻户晓

(この話は日本では誰もが知っている)

Shibatar是在中国家喻户晓的YouTuber吗?

(シバターは中国では広く知られたYouTuberですか)

類義語

众所周知( zhòng suǒ zhōu zhī ):みんなに知れ渡っている、周知の、また、文頭で「周知のように」の意味でも用いる

妇孺皆知( fù rú jiē zhī ): 誰でも知っている、妇孺( fù rú )は婦人や子供の意味

対義語

闻所未闻( wén suǒ wèi wén ):これまで聞いたことがない、非常に珍しいことを聞く、初めてのことを聞く

默默无闻( mò mò wú wén ):世に知られていないこと、無名であること、没没无闻( mò mò wú wén )とも

不见经传( bú jiàn jīng zhuàn ):経や伝に記載のないもの、[転]根拠のないこと、来歴のないもの、[喩]名もない(こと)

参照

『烈女伝』「節義伝・梁節姑姐」(維基文庫)

「烈女伝」(Wikipedia)

「烈女传」(中国語版Wikipedia)

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

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