【考察】賈島と李凝がしていた約束

推敲( tuī qiāo ):意味

推敲( tuī qiāo )は日本語でもおなじみの「推敲する」という意味になり、詩や文章を書いている時に字句や表現が適切かどうかなどを何度も練り直すことを表します。

推は押す、敲はたたくという意味になります。

中国語の場合は、事に当たる上で繰り返し考えることについてもいいます。

また、「月下推敲」(げっかすいこう)という四字熟語もあり同様の意味を表しますが、こちらは『唐詩紀事』「賈島」が出典となっているようです。

推敲( tuī qiāo ):あらすじ

賈島(かとう)という詩人が月の光に照らされた門を開ける動作を「推す」と表現するか「敲く」と表現するかで思い悩んでいたところ、韓愈から「敲く」にしたほうが良いと言われたという話。

推敲( tuī qiāo ):故事

詩を作る上で悩みに悩み抜く賈島と、そんな彼の苦吟する姿に詩才を見いだした韓愈との出会いから誕生した推敲という故事成語。

その推敲( tuī qiāo )の故事についてのちょっと詳しい内容は以下の記事【故事成語】推敲( tuī qiāo )にまとめてありますので、ぜひ読んで見てくださいね。

『題李凝幽居』(李凝の幽居に題す)

賈島が「推す」にするか、それとも「敲く」にするのか悩んでいた詩は、彼と同じ詩人である李凝という人物に会いに行ったものの結局は会えなかったということをもとにして作られた『題李凝幽居』(李凝の幽居に題す)という詩の一節になり、次のようになります。

鳥宿池邊樹,僧敲月下門。

(鳥は宿る池辺の樹、僧は敲く月下の門)

これは僧(一般的に僧侶だった賈島自身を指す)が夜になってから李凝の家の前に到着して、月明かりに照らし出された扉をたたくところを描写しています。

その扉について、推すと表現しようか、それとも敲くと表現しようか賈島は悩んでいたというわけですが、それに対して韓愈は敲くという表現が良いよとしたわけです。

これは夜の静けさに響き渡る扉をたたく音が“敲”という言葉から感じられるためであるとされていますし、また、扉を推すだと僧自身が不審者だと思われてしまい礼儀に欠けるということから推すという字が却下されたとも言われています。

では、その『題李凝幽居』(李凝の幽居に題す)がどういう詩なのかについて見ていきましょう。

閒居少鄰並,草徑入荒園。

(閑居隣並少なく、草径荒園に入る)

鳥宿池邊樹,僧敲月下門。

(鳥は宿る池辺の樹、僧は敲く月下の門)

過橋分野色,移石動雲根。

(橋を過ぎて野色を分かち、石を移し雲根を動かす)

暫去還來此,幽期不負言。

(暫く去りて還た此に来る、幽期言に負かず)

この詩の全体の内容については李凝宅を訪れた賈島が李凝に会えなかったということで一致していますが、後半部分についてはさまざまな解釈があります。

次のブログやサイトなどでそれぞれの解釈について書かれていますが、どれも読んでみて面白いのでリンクを貼っておきます。

「推敲」自分の人生、他人の人生「推敲」中国故事街「題李凝幽居」楽しいことわざ教室「題李凝幽居(李凝の幽居に題す)」(文字を楽しむ)

賈島と李凝の約束

この『題李凝幽居』(李凝の幽居に題す)についてですが、特に私が気になっているのは最後の句の「幽期不負言」(幽期言に負かず)という部分です。

この幽期とは「約束事」という意味で、負言とは「約束したことに背くこと」という意味になります。

つまり、約束したことは守りますということなのですが、その句から分かるのは賈島は李凝宅を訪れる以前に李凝と何か約束をしていたということです。

直接的なのか、それとも手紙など間接的なのかは分かりませんが、李凝から「また会おうじゃないか!」とか「You今度、俺ん家に来ちゃいなよ!」と言われていたのかどうかはさておき、ふたりが何かしらの約束をしていたのは間違いありません。

では、その約束の内容とはいったい何だったのでしょうか。

それについて調べて見ましたが、残念ながら今の自分の実力では解明することができませんでした。(期待して本記事を読んでくれていた方には申し訳ありません)

しかし、ふたりの約束の内容について知ることはできなかったものの、その会う約束をしていたというのはまさに詩が描写しているその日だったのではないかと個人的には思うわけです。

私がそう思うのには理由があります。

それは賈島が李凝の家を訪れた時間帯です。

詩からも分かるように、賈島が李凝の家を訪れたのは辺りが月明かりに照らし出されている夜のことでした。

日没からしばらくしてからなのか、それとも夜中なのかは分かりませんが、現代みたいに電気もなく街灯がない時代です。

閒居少鄰並,草徑入荒園(閑居隣並少なく、草径荒園に入る)という冒頭の2句からも分かるように、賈島は隣家がほとんどない、しかも草木の生い茂った小道をひとりで歩いていたに違いありません。

昔から怖がりな私には到底できませんが、それでも彼にはどうしても行かなければならないそれなりの理由があったのでしょう。

忙しかったのか道に迷ったりしてしまったのか理由は定かではありませんが、賈島が李凝の家に到着したのは日が沈んでしまっている夜であることには変わりありません。

ただ、ここで私は思うわけです。

当時の事情はよく分かりませんが、男女だったらまだしも、おっさんふたり(失礼www)が普通に考えてわざわざ夜に会う約束をするだろうか、と。

しかも、人気も隣家もないところを夜ひとりで歩いて行くというのは盗賊などに襲われてしまうことも考えれば男でもかなり危険ですから、昼に会う約束をするのが合理的です。

また、仮にこの日に会う約束をしていなかったとしたら、わざわざ到着が夜になってしまうようなことはしないはずですから、やっぱり別の日に訪れてみようと、道を引き返していたかもしれません。

しかし、寝坊したのか、それとも急用ができたのか、はたまた道に迷ってしまったのかは真相は分かりませんが、とにかく賈島が李凝宅に到着したのは夜になってからでした。

人気のない夜道を歩いてまで会いに行ったということは、やはりこの日にどうしても李凝と会わなければならなかったからだと思われます。

そう考えると、やはり賈島はまさにこの日に李凝と会う約束をしていたのではないかと思うわけです。

賈島と李凝との関係性が単なる同じ詩人仲間であったのかどうかは私にはよく分かりませんが、とにかく賈島はこの日に李凝と会えなかったことをこうして詩に書いて残しているわけです。

ということは、この日に会うことがふたりにとっては何かしら特別な意味を持っていたのではないかと思うわけです。

人に会えなかったという現代の我々でも起こりえる単なる出来事を、苦吟派と言われるほどの賈島がまさに推敲を重ねてまで詩に残すかといわれたら、李凝と特別な関係にない限りそれはあり得ないと思います。

だからこそ、この日に会うことはふたりにとって重要な意味があったのではないかと個人的には感じているわけです。

ふたりの関係性が単なる詩人仲間だったのか、それとも親友だったのか、はたまたもっと親密な関係だったのか。

こうして無理やりBLの方向に持っていきたいというわけではありませんが、ふたりがもしこの日に会えていたとしたらその後どういう展開になっていたのか気になります。

会えていたとしたらその約束していたことがどういう内容のものだったのかもきっと知ることができていたかもしれません。

真実を知るための扉は敲くよりも、そっと推して開けてみたほうがいいのかもしれません。

韓愈もきっと「推すほうがよかろう」と言ってくれるでしょう。

参照

「推敲」自分の人生、他人の人生

「推敲」中国故事街

「題李凝幽居」楽しいことわざ教室

「題李凝幽居(李凝の幽居に題す)」(文字を楽しむ)

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「miho.panda」さん - パンダ

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