【考察】「腐心」はどうして「心を腐らす」というのか

「腐心」=「心を腐らす」?!

さまざまな辞書にも載っているように、「腐心」「あることを成し遂げようと心をくだくこと」「苦心する」「物事を成し遂げようとしていろいろと考えたりして苦労すること」という意味になります。

「腐心」の「腐」の字ですが、これは読んで字の如く「くさる」という意味になります。

しかし、そのまま読むと「心を腐らす」という「腐心」が、なぜ日本語の「あることを成し遂げるために心をくだくこと」や「苦心する」という意味になったのか考えたことはないでしょうか。

どちらかといえば心を腐らせるというのは「やる気をなくす」という意味になりそうですが、故事成語の「傍若無人」について荊軻やその他のことについて調べていくうちにどうしても気になってしまいました。

そこで、今回の記事では「腐心」という言葉についてちょっとだけ詳しく調べて見ましたので、そのことについて皆さんとシェアしたいと思います。

ただ、初めに断っておきたいのは、私は言葉の専門家ではありませんし、いつもながら自分の狭い見識をフルに活用してあの手この手で調べた結果を自分の都合のいいように解釈してこの記事を書いているので、鼻で笑うような気持ちで読んでいただければと思います。

そのことに注意しつつ、それでは見ていきましょう。

「腐心」の語源

そもそも「腐心」という言葉の語源は何なのでしょうか。

「腐心」という言葉は今から2000年以上前の中国の前漢時代に司馬遷が著した『史記』「刺客列伝・荊軻伝」に登場します。

この荊軻(けいか)という人物は、秦国による中華統一がもはや時間の問題となっていた戦国時代末期の燕国の刺客で、秦王政(後の始皇帝)を暗殺しようとした人物です。

秦王政暗殺の結果がどうなったのかは言うまでもないとは思いますが、この事件をきっかけに秦国による中華統一は加速していくことになります。

さて、この荊軻という刺客は手ぶらで行っても秦王政には当然謁見できないと考えていたので、そのために割譲すると偽った督亢(とくこう)という領地が描かれた地図と、秦国から燕国に逃げ込み懸賞金がかけられていた樊於期(はんおき)という人物の首級を準備することにしました。

そうすれば秦王政は必ず自分と会ってくれると踏んでいたからです。

地図はすぐに準備することができましたが、樊於期の首級を得ることは簡単にいくとは限りませんでした。

しかし、秦国に自身の一族の命を奪われてしまい、どのようにして恨みを晴らしたらいいのか苦しんでいた樊於期は、荊軻の提案にすぐに承諾することにし、その場で自らの首を刎ねてしまったと『史記』や『戦国策』には書かれています。

自らの首を刎ねる前に樊於期は自分がこれまで悩み苦しみ抜いてきたことを荊軻に打ち明けますが、その時の樊於期の発言を『史記』の「刺客列伝・荊軻伝」では「切歯腐心」と表現しています。

「切歯腐心」(せっしふしん)とは、「切歯」(歯ぎしりすること)と「腐心」(思い悩むこと)ということから、日本語の四字熟語にもあるように「激しく怒り思い悩むこと」という意味になります。

これが一般的には「腐心」の出典とされています。

つまり腐心という言葉は樊於期が自害する前の言葉だったことがわかります。

督亢が描かれた地図と樊於期の首級を携えて荊軻ら一行は秦国に到着すると、その知らせを聞いた秦王政は大いに喜び、荊軻の目論見通り謁見することができました。

その後、荊軻は隠しておいた匕首(あいくち、小剣)で秦王政暗殺を実行していくことになります。

ちょっと詳しい内容については以下の記事【中国語】腐心( fǔ xīn )にまとめてありますので、ついでに読んで見てくださいね。

日本語の「腐」の意味

では、なぜ「腐」という字が「心を悩ます」という意味を持つのかちょっと詳しくみていきたいと思います。

この「腐」という字ですが、『大辞泉』を見てみると「心を痛める」という意味もあると載っていて、腐心の腐るはこの意味になるとしています。

また、『新漢語林』を見てみると、この「腐」という字には「悩ませる」という意味があると載っていて、腐心という言葉に使われている腐るという字はこの意味であるとしています。

『明鏡国語辞典』にも同様の解説があることから、日本語における「腐」という字には「心を痛める、悩ませる」という意味があり、そこから「腐心」は従来の意味になるものと思われます。

これだけを見る限りでは、他サイトでも説明している通りになるので、なんら目新しいものではありません。

中国語の「腐」の意味

では、今度は中国語の「腐」( fǔ )にはどういう意味があるのかちょっと詳しくみていきたいと思います。

中国語の「腐」には日本語と同じように「ものが腐る」の他にも、考え方などが「古い、古くさい」、「宮刑」と同義の「腐刑」、日本語の「腐女子」にも使われているように「BL(ボーイズラブ)に夢中になっている人」のことも意味します。

腐=

以下は全て私の個人的な考えなので、いつもながら都合の良い部分だけを切り取って話を進めていますので注意して読んでくださいね。

日本語と意味がほとんど同じなので、中国版Wikipedia(?)である「腐」(百度百科)を見てみると、「腐」という字は同じ発音の「拊」( fǔ )に通じると書かれているのを見つけました。

中国語の「腐」という字の発音は「fǔ」(フー)になることから、同じ発音の「拊」( fǔ )という字の「假借字」(発音が同じなので代わりに使われる字のこと)として用いられてもなんら不思議ではありません。

ちなみにこの「拊」( fǔ )には「叩く、打つ」という意味があるとしています。

実際、「腐心」の語源になった樊於期自害の話については『史記』の「刺客列伝・荊軻伝」以外にも、『戦国策』「燕策三」にも同様の話が載っていて、樊於期の発言については『史記』のように「切歯腐心」ではなく「此臣日夜切齿拊心也」(これは私が日夜切歯腐心していたことだ)と記載されていて、「腐心」の部分が「拊心」となっています。

ちなみに、清代の蔡元放による長編歴史小説の『東周列国志』(春秋戦国時代から秦による中国統一までの話)にも同様のシーンが詳しく描かれていて、ここでは樊於期の発言について「此臣之日夜切齿腐心而恨其无策者也」となっており、「腐心」となっています。

この『戦国策』の「燕策三」には「切齿拊心」と書かれていることから「腐」という字は使われていませんが、注釈として「〈鲍本“臣”下有“之”字,“拊”作“腐”。○ 腐者,痛之极。」と書かれています。

つまり、宋代の鮑彪(ほうひゅう)により書かれた『戦国策注』(『国策』)には、「拊」は「腐」のことをいい、「腐」とは“痛”の極み、頂点であると書かれています。

「痛」(百度百科)によると、この「痛」という字の意味は中国語では恨み悲しみという意味にもなることから、「腐」には“痛”の極み・頂点、つまりは恨みや悲しみの頂点という意味があるということになります。

つまり、『戦国策』の「燕策三」の注釈などから考えると、腐心は恨みや悲しみが頂点に達した心という意味にもなるということになります。

話は戻しまして、「拊」には叩く、打つという意味があると書きましたが、そうすると「拊心」( fǔ xīn )は直訳すると胸を叩く、胸を打つという意味になります。

「拊心」( fǔ xīn )という言葉を調べて見ると、「拊心」には胸を叩くことによって心から悲しみ嘆くこと悲しみ憤ることを表す意味があるとしています。

そこから、「心を痛める」の意味に通じてくるのではないでしょうか。

そのように考えると、胸を叩くことで悲しみで嘆くことや憤ることを表現する「拊心」という言葉がそもそも存在していて、さらにその「拊」に代わって同音の假借字である「腐」を使って心を痛めることや恨みや悲しみが頂点に達した心のことを「腐心」と表現した結果、「腐」に心を悩ますという意味が加わり、今日の「腐心」という意味になったのではないかなと考えると筋が通るような気がします。

では、どのような悲しみに対して嘆き、憤っているのでしょうか。

それは自身が置かれた境遇や過去の出来事なのかもしれませんし、それらを前にした無力な自分自身なのかもしれません。

そんな不遇な環境に置かれて悲しみを感じて怒り、嘆く自分自身に対して、「もっとしっかりせい!」と自分にムチ打って励ましているようにも思います。

そう考えると、「腐心」は「心を腐らせる」(腐心)のではなく、悲しみによって嘆いたり憤ることを表す「拊心」(心(胸)を拊(ふ)す、胸を打つ)だったのではないかということになりますが、いかがでしょうか。

ただ、胸を叩くことによってそういう気持ちを表現すると言われると、私の場合はゴリラか、お笑い芸人のパッション屋良さんを想像してしまうので、ちょっと笑けてしまうので具体的にはイメージしたくはないのですが。

まとめ

「腐心」の「腐」が同じ発音である「拊」(打つ、叩く)という意味の假借字として用いられたことで、「心から悲しみ嘆くこと」や「悲しみ憤ること」を表す「拊心」が「腐心」と表現された結果、「腐心」にも同様の意味が生じてしまい、結果として一見すると「腐った心」または「心を腐らせる」という意味になりそうな「腐心」の意味が、現在のようになったのではないかということですが、いかがだったでしょうか。

私のようにこんな回りくどく考えなくても(笑)、こちらの「腐心」の意味・使い方・語源の解説の方が断然わかりやすいのでリンクを貼っておきますので、どうぞ。

悲しみに怒り嘆いても、よい子のみんなは本当に胸を叩いたりしないようにしてくださいね。

そうでないと心だけでなく、胸まで痛くなりますから。

以上の見解は私個人の都合の良い部分だけを切り取って出しているものなので注意してくださいね。

そこに関しては先に謝らせてもらいます。

どうもすみませ

ん゛~ん゛~ん゛~ん゛~ん゛~~!!

参照

『史記』「刺客列伝・荊軻伝」(維基文庫)

『戦国策』「燕策三」(維基文庫)

『東周列国志』「第百零七回」(維基文庫)

「腐」(百度百科)

「拊」(百度百科)

「痛」(百度百科)

「腐心」の意味・使い方・語源(ビズ式)

【故事成語】图穷匕见( tú qióng bǐ xiàn )

中国語の故事成語に「图穷匕见」( tú qióng bǐ xiàn )というものがありますが、これは直訳すると「地図が開き終わって匕首(あいくち)が現れる」となり、そこから「最後になってようやく真相や真意がわかること」という意味になります。

この故事成語の由来になったのが『史記』や『戦国策』に書かれている荊軻による秦王政(後の始皇帝)暗殺の場面です。

秦王政のもとで強大化していく西方の秦国、かたや今にも中華統一という大波に呑み込まれそうな北方の燕国。

押し寄せるその大波を目の前にして、起死回生の一発逆転に賭けた男がいました。

詳しい内容については以下の記事【故事成語】图穷匕见( tú qióng bǐ xiàn )にまとめてありますので、興味のある方はぜひ合わせて読んで見てくださいね。

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