【故事成語】得意忘形( dé yì wàng xíng )

得意忘形( dé yì wàng xíng ):あらすじ

三国時代から晋代にかけて詩人・官吏であった阮籍は、得意になると自らの振る舞いを忘れてしまうという話。

得意忘形( dé yì wàng xíng ):故事

阮籍(げんせき)とは字を嗣宗をいい、陳留郡(現在の河南省開封市一帯)の尉氏の人でした。

その父である阮王禹は、魏の丞相掾(じょうしょうじょう)として当時は名が広く知られていました。

阮籍は容貌が美しく、気骨にあふれ、いつも毅然としており、遠慮や気兼ねすることはなく、喜びや怒りを表情には見せることはありませんでした。

家に閉じこもっては長い間ずっと書に読みふけることもあれば、山や川を訪れては日がな一日、家に帰るのを忘れることもありました。

書を広く読みあさり、特に『庄子』と『老子』を好み、酒を嗜んでは、よく声を長くひいて詩歌を歌い、また琴を弾くこともできました。

得意になった時には自らの振る舞いを忘れてしまうため、当時、人は彼を間抜けだと言っていましたが、族兄の阮文業(阮武)だけは彼を褒めては自分に勝る人物だと感心していたので、みなはその風変わりな才能を称えました。

得意忘形( dé yì wàng xíng ):意味

「得意忘形」は、「得意になって形を忘れる」ということから容易に想像できるように、「有頂天になる」「得意になって我を忘れる」という意味になります。

ちなみに、日本語の「得意忘形」(とくいぼうけい)には、調子に乗るや有頂天になるという意味以外にも、「芸術などにおいて、精神的なものや本質的なのもを大切にして、外形を忘れること」という意味になります。

出典《晋書・阮籍伝》

《晋书・阮籍传》嗜酒能啸,善弹琴。当其得意,忽忘形骸。

今回の故事成語である「得意忘形」( dé yì wàng xíng )の出典は、二十四史のひとつであり、648年に完成した『晋書』(しんじょ)「阮籍伝」になっています。

阮籍(210~263)とは、陳留郡(現在の河南省開封市一帯)の生まれで、三国時代から晋代にかけての官吏であり、詩人としての顔を持っており、竹林の七賢(三国時代末、現在の河南省北西部にあった山陽県で、酒を飲み清談を行い交遊した阮籍など7人の総称)のひとりでもあります。

いつも毅然とした態度で遠慮や気兼ねをせず、喜びや怒りを表情に出さなかったと言われる阮籍ですが、得意になってしまうと自分がしたことを忘れてしまうという傾向があったようです。

そんな奇行の持ち主だった阮籍ですが、その奇行について『晋書』にはどのように書かれているのかちょっと見てみましょう。(以下、拙訳)

「当其得意,忽忘形骸。」

「その得意にあたり、忽(たちま)ち形骸を忘れる」

「得意になった時は、たちまち自らの振る舞いを忘れた」

「阮籍伝」の初めのほうに登場する「当其得意,忽忘形骸。」という短い一文にさらっと登場しますが、これが後に「得意」と「忘形」をとって「得意忘形」という故事成語が誕生したのだと思われます。

その後、元代の詩人である「鮮于必仁」「折桂令」「画」という散曲(?)には「手挂掌坳,得意忘形,眼兴迢遥。」という感じで「得意忘形」という形がそのまま出てきます。

一見すると感情を表情に出さないクールでイケメンですが、意外にもそういう一面があるというのは、ある意味ではギャップがあると言えるのかもしれません。

得意になって我を忘れてしまうそんな阮籍のことをみんなは間抜けだと言っていましたが、族兄の阮文業(阮武)だけは彼を褒めていたとされ、阮籍は自分に勝る人物だとして感心していたことから

親族なのでひいき目で見ていたのかもしれませんが、清河の太守(郡の長官)を勤めていた阮文業(阮武)からすると、そんな阮籍の風変わりな部分も一種の才能として評価していたのかもしれません。

ちょっと深掘り

阮籍の父親である阮王禹は、魏の丞相掾(じょうしょうじょう)として当時は名が広く知られていたことが『晋書』には書かれていますが、この丞相掾とは丞相府が設けた政務機関である「諸曹」の長の総称になります。

諸曹はいくつもあり、当時は300名ほどがこの丞相掾に任命されていたとのことですが、成績が優秀な者は丞相からの直接の推薦で仕えることができたとされています。

また、『晋書』の「阮籍伝」にも同様の記述があるのですが、後漢末から晋代までの歴史的人物の逸話などを集めた劉義慶著の『世説新語』「任誕」にも阮籍について次のように書かれています。

当時、親が亡くなり喪に服している期間中に肉や酒を断つのが礼儀とされていましたが、奔放な阮籍は母親が亡くなった時には豚の肉を食べ、酒を2斗(3斗とも)飲んでいたとされています。

しかし、いざ母親との最期の別れの時となると「窮矣!」(終わりだ!)と叫んだかと思うと、そのまま血を吐いて倒れてしまい、悲しみからかなり憔悴しきった様子だったとあり、ここでも奇行に出てしまった様子が描かれています。

これを考えると、阮籍は単に酒癖が悪い人だったのかなと思ってしまいますが、本当は母親を亡くしてしまった悲しみから出たものだったのかもしれません。

それを考えると酒を飲んで得意になって我を忘れて有頂天になり自分が何をしたのか記憶がなくなることがあったというのは納得がいきます。

逆にしらふで記憶がなくなるくらいに有頂天になっていたのだとしたらかなり怖いですよね。実際のところどうだったのか気になります。

最後に、詩人で官吏でもあった阮籍ですが、明代に朱権(1378~1448)によって編纂された古琴の楽譜である『神奇秘譜』によると、古琴曲である『酒狂』は阮籍の作であるといわれることから、作曲もできるほどの才能の持ち主だったということになります。

中国語版Wikipedia「酒狂」の記事によると、現在、もっとも広まっているのは琴奏者である「姚丙炎」が1957年に『神奇秘譜』をもとに復刻した版になり、下のYouTube動画から聞くことができますので、他のバージョンと合わせてぜひ聞いてみてくださいね。

■ギターバージョン(by Feng E[馮羿])

例文

她赚了一笔大钱之后,就开始得意忘形了。

我从来没看过他那副得意忘形的样子。

他是东京大学毕业的,可他从来不得意忘形,很谦虚。

考上了“英检5级”,他又得意忘形了。

類義語

得意洋洋( dé yì yáng yáng ):得意満面である(得意そうにしているのが表情などから見て分かること)

忘乎所以( wàng hū suǒ yǐ ):(得意や傲慢により)言動が度を越えてしまうこと、我を忘れる、有頂天になる

自鸣得意( zì míng dé yì ):自ら得意になること

対義語

心灰意冷( xīn huī yì lǎn ):意気消沈する

怅然若失( chàng rán ruò shī ):気落ちしているさま、気力をなくしているさま

【故事成語】夜郎自大

「得意忘形」とちょっとニュアンスが違うかもしれませんが、日本語の「夜郎自大」(やろうじだい)でもおなじみの故事成語である「夜郎自大」( yè láng zì dà )についてもちょっと詳しくまとめていますので、ぜひ合わせて読んでみてくださいね。

台湾のウクレレ奏者「Feng E」(馮羿)

先ほど、阮籍が作曲したと言われている『酒狂』をギターで弾いて男の子のYouTube動画のリンクを貼りましたが、私は今回初めて知ったのですが、実はこの「Feng E」(馮羿)君はかなりの有名人のようで、オーディション番組やアメリカのトーク番組などにも出演したことのあるようです。

小さい頃からウクレレを弾き続けてきた「Feng E」(馮羿)君ですが、今となってはかなりテクニカルな演奏を見せてくれます。

「Feng E」(馮羿)君についてちょっと詳しくまとめた記事台湾のウクレレ奏者「Feng E」(馮羿)は下から読めますので、ぜひ合わせて読んで見てくださいね。

参照

『晋書』「阮籍伝」(維基文庫)

『世説新語』「任誕」(維基文庫)

Wikipedia「酒狂」(中文)

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「せいじん」さん - ネコ

「miho」さん - パンダ

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