【故事成語】沉鱼落雁( chén yú luò yàn )

沉鱼落雁(chén yú luò yàn):意味

「沉鱼落雁」( chén yú luò yàn )は、女性があまりにも美しく、魚は泳ぐのを忘れて沈み、雁は飛ぶのを忘れてしまうということから、女性の容貌が美しいことを形容する言葉で、女性の美貌が並外れていることを意味します。

日本語にも同様の意味で「沈魚落雁」(ちんぎょらくがん)という四字熟語があります。

沉鱼落雁(chén yú luò yàn):あらすじ

良い住まい、美味しいもの、人の美しさというのは結局は人間とそれ以外の生き物とでは感じ方が違うので、それが正しいのかどうかについて見分けることができないということを王倪が例え話を用いてしたという話。

沉鱼落雁(chén yú luò yàn):故事

齧缺(げきけつ)は王倪(おうげい)にこう尋ねました。

「あなたは物が同じくするところ(物の共通したところ)を知っているのですか」

王倪は「知るわけがない」と答えました。

「あなたは自分が知らないとするところを知っているのですか」

王倪はまた「知るわけがない」と答えました。

「そうであるならば、一切のものは知りようがないということなのですか」

すると王倪はこう答えました。

「知るわけがない。それでは、試しに説明してみようか。

私が知っているところのものを知らないのではないと、どうして知ることができるのか。

私が知らないところのものを知らないと、どうして知ることができるのか。

私も試しにお前に聞いてみることにしよう。

人は湿地で寝ていると腰を病んで半身不随となってしまうが、ドジョウはそうだろうか。

人は木の上にいると恐怖を感じて身震いしてしまうが、猿はそうだろうか。

この三者のうち真に住み心地の良い場所を知っているのはどれだろうか。

人は家畜の肉を食べ、麋(鹿の一種)や鹿は草を食み、ムカデは蛇(またはミミズ)を美味とし、鳶(またはフクロウ)や烏(からす)は鼠を好む。

この四者のうち真に美味しいものを知っているのはどれだろうか。

猿は猵狙(猿に似た伝説上の獣)を妻とし、麋は鹿と交わり、ドジョウは魚と戯れる。

毛嬙(もうしょう)や麗姫(驪姫)は人からすると美しく見えるが、魚はこれを見ると深く潜って逃げていき、鳥はこれを見ると高く飛び去っていき、麋や鹿はこれを見ると走り去っていく。

この四者の中で天下で真に美しいものを知っているのはどれだろうか。

私が思うに、仁や義の端緒、是や非の道は乱雑に入り交じっており、私にはそれらを見分けることができないのである」

齧缺はまたこう尋ねました。

「あなたのような方でも利害を知らないのに、至人(無我の境地に達した人、道の体得者)も利害を知らないというのですか」

王倪はこう答えました。

「至人というのは我々では計り知ることができないほど優れているのだ。

沼は燃やしても(沼自体は)熱さを感じることはできず、黄河や漢水は凍らせても(黄河や漢水自体は)寒さを感じることはできず、激しい雷が山を割り風が海を激しく揺り動かしても(山や海自体は)驚くことはできない。

もしそのようにできるのなら、雲や霧に乗り、日や月にまたがり、四海の外を気ままに旅することができるだろう。

生と死は自ら変化することはない、まして利害の端緒はなおさらである」

出典《荘子・斉物論》

《庄子·齐物论》「毛嫱、丽姬,人之所美也;鱼见之深入,鸟见之高飞,麋鹿见之决骤,四者孰知天下之正色哉?」

今回の故事成語である「沉鱼落雁」の故事は、戦国時代に荘子(そうし)によって書かれた『荘子』(そうじ)「斉物論」に登場します。

『荘子』は内篇7篇、外篇15篇、雑篇11篇に分かれており、そのうち斉物論は内篇に含まれていますが、外篇と雑篇の2篇は荘子による著ではなく、後生の人によって書かれた偽書であるとされています。

今回の故事成語である「沉鱼落雁」はそのまま読むと「魚を沈め、雁を落とす」となりますが、これは美しい女性を見たことによって魚は泳ぐのを忘れて沈んでいき、雁は飛ぶのを忘れて地面に落ちてしまうという故事がもとになっています。

ただ、原文を読んでみると美女を見て魚が沈んでしまう話は出てきますが、雁は登場せずに鳥となっており、またその鳥も落ちてくるどころか高く飛び去ってしまっています。

しかも、魚が沈んで鳥が高く飛んでいくのは決して美女を見て恥ずかしいとか思ったからではなく、単に驚いたりや恐怖を感じたりしたことによって逃げているだけであり、美女を見ると近づいてくる人間とは正反対の行動をとっていることを表しています。

本当に住み心地の良い場所や本当に美味しいもの、本当に美しいものというのは人間とそれ以外の生き物とでは捉え方や感じ方が違うため、結局のところどれが正しくてどれが正しくないのか見分けがつかないということを、それらの例えを用いて王倪は齧缺の質問に答えています。

ちょっと深掘り

今回の『荘子』の「斉物論」に登場する齧缺(げきけつ)王倪(おうげい)の会話についてちょっと詳しくみていきたいと思います。

まず、齧缺とは尭の時代(約4000年前)に存在していたとされる賢人であり、王倪から学んだということが西晋の皇甫謐(こうほひつ)による『高士伝』にそれぞれ記載されています。

その会話では弟子の齧缺が王倪に3つの質問をします。

①「子知物之所同是乎?」(あなたは物が同じくするところ(物の共通したところ)を知っているのですか)

②「子知子之所不知邪?」(あなたは自分が知らないとするところを知っているのですか)

③「然則物無知邪?」(そうであるならば、一切のものは知りようがないということなのですか)

そのすべての質問に対して師匠の王倪は「わかるはずがない」と答えています。

これらの質問の現代語訳を調べて見るとさまざま出てきますので、下のリンクからぜひ読んで見てくださいね。

齧缺(げきけつ)と王倪(おうげい) (1)

9 齧缺と王倪1 (1)知と不知

また、中国語の記事を調べていてもさまざまな訳があり、特に①の質問に関して言えば

「先生は物事には相互に同じくするところがあるのをご存じですか」

「先生は万物には共通の道理というものがあるのをご存じですか」

「先生は万物がみな等しいということをご存じですか」

などなどさまざま出てきます。

荘子の「万物斉同」(ばんぶつせいどう)は、「万物は“道”という観点からすればみな等価である」という思想ですからそういう風に意訳するのかなとは思います。

また、「华语网」齐物论などにある注釈では、「所同是」とは「互いに同じくするところ」とし、つまり「共通点」としています。

日本語では「是」を「正しい」とか「是(ぜ)」とよく訳されているように思いますが、この中国語の「是」には「像,似」(似ている)という意味もあり、この場合「等しい、同等である」とも捉えることができると思います。

なので中国語での現代語訳をみると「共通の」とか「等しい」と訳されているのはどこか納得がいきますし、また、辞書を引くと日本語の「似る」には「性質・状態などがほとんど同じである」という意味もあることから、「万物斉同」の思想から考えれば自然な感じがします。

話がだいぶそれてしまいましたが、弟子の齧缺の質問に対して王倪は「わからない」と答えています。

また、例え話には毛嫱(もうしょう)麗姬(りき)という女性の名前が出てきますが、その部分についてもうちょっと詳しく見ていきましょう。

毛嫱や麗姬にが登場する部分が原文にはどのように書かれているのかで見てみましょう。

「毛嫱、丽姬,人之所美也;鱼见之深入,鸟见之高飞,麋鹿见之决骤,四者孰知天下之正色哉?」

(毛嫱や麗姬を人は美しいと言う。魚はこれをみて沈み、鳥はこれを見て高く飛び(去り)、鹿はこれを見て逃げていく。四者(人、魚、鳥、鹿)のうち誰が真の美しさを理解しているというのか)

毛嫱とは越国の絶世の美女で、越王の勾践(こうせん)の妾であったと言われていて、日本語の「西施の顰みにならう」という慣用句を意味する中国語の故事成語「东施效颦」( dōng shī xiào pín )に登場する美女の西施(西夷光)と同時代の人とされています。

一方の麗姫は驪姫とも言われており、戦国時代の晋国献公の夫人で、「麗姫の乱」(または驪姫の乱)を起こして一時的に晋国を衰退させた女性です。(詳しくはこちらの記事から→丽姬之乱( lì jī zhī luàn):麗姫の乱(驪姫の乱

毛嫱や麗姬を人は「美しい」とか「きれいだ」とか言って近寄ってくるのに、毛嫱や麗姫を見た魚は水中深くへと潜って逃げていき、鳥は高く飛んで去って行き、鹿は走り去っていってしまう。

住む場所の快適さも、食べ物のおいしさも、人の美しさも、結局のところは人間の相対的で主観的なものでしかないわけだから、人間の狭い価値観と頭の中だけで考えている物事の「善悪」や「是非」もこれと一緒で、結局のところはそれが正しいのかどうか分からないということです。

なので王倪も最後にこう言っています。

「仁や義(の端緒)、是非(の道筋)というのはごちゃごちゃしていて私に区別がつけられるわけがない」

さっきの例え話に出てきた麗姫についてもうちょっと深掘りしていきたいと思います。

紀元前7世紀頃の春秋時代に存在していた戎(じゅう)族という部族の一派の中に、現在の陝西省西安市の東側を拠点としていた驪戎(れいじゅう)という部族がいました。

その部族の国君の娘であったのが麗姫で、「驪姫」とも呼ばれていました。

麗姫は紀元前672年に驪戎が晋国との戦いに敗れたために和議の印として晋国の献公に送られ、その際に妹の少姫も同様に晋国へ送られたとされています。

麗姫は絶世の美女としても知られており、驪戎側が美人計として意図的に麗姫を晋国へ送ったかどうかは別として、実際、麗姫を迎えてからの晋国は一時的に衰退することとなります。

晋の献公にはもともと「重耳」「夷吾」「申生」という3人の息子がおり、麗姫との間にも「奚斉」が生まれました。ちなみに麗姫の妹の「少姫」にも「卓子」という子どもが生まれています。

そして、紀元前657年から約6年にわたる政治闘争である「丽姬之乱」( lì jī zhī luàn:麗姫の乱または驪姫の乱が起こることとなり、麗姫を中心として多くの人が政争に巻き込まれていきます。

麗姫の乱(驪姫の乱)のちょっとだけ詳しい内容については下記の記事「麗姫の乱」(驪姫の乱)にまとめていますので、ぜひ読んで見てくださいね。

「麗姫の乱」(驪姫の乱)の後の晋国は他国に対して恩を仇で返したりなどして徐々に衰退していき、最終的には秦国に従属することとなってしまいました。

例文

她有着沉鱼落雁的美貌。

(彼女はとても美しい顔立ちをしている)

那女子有沉鱼落雁的美貌。

(その女性は並外れた美貌を持っている)

她有沉鱼落雁的魅力。

(彼女には“沈魚落雁”の魅力がある)

李小姐那沉鱼落雁之容貌吸引了很多人的目光。

(李さんの人並み外れた美しい容姿に多くの人の視線が釘付けになった)

類義語

国色天香( guó sè tiān xiāng ):[喩]艶麗な女性、もとは牡丹の異称、または牡丹の美しさを形容する言葉

倾城倾国 ( qīng chéng qīng guó ):傾城(けいせい)の美人、絶世の美女

眉清目秀( méi qīng mù xiù ):(男子の)眉目秀麗であるさま、「眉目清秀」( méi mù qīng xiù )ともいう

対義語

其貌不扬( qí mào bù yáng ):人の容貌が醜いこと、風采があがらないこと

参照

『荘子』「斉物論」(中国哲学電子化計画)

「仙人」(Wikipedia)

『高士伝』「齧缺」(中国哲学電子化計画)

『高士伝』「王倪」(中国哲学電子化計画)

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