【故事成語】不矜不伐( bù jīn bù fá )

不矜不伐:意味

不矜不伐( bù jīn bù fá )は直訳すると自惚れず誇らずということから思い上がらず自慢しないという意味になり、謙虚であることを形容します。

不矜不伐:あらすじ

舜と禹、伯益、皋陶(こうよう)の4人で政事について話している時、舜が禹について、驕り高ぶらず自らの功績を誇らないからこそ、天下には禹と張り合おうとしたり功を争おうとする者がいないのだと褒めたという話。

不矜不伐:故事

古を稽(かんがえ)る。禹は名を文命といい、彼の功徳は天下に広まっていました。

禹は帝の舜に尋ねられると自らの見解をこう示しました。

「君主が君主の苦難を理解し、臣が臣の苦難を理解することができれば、政(まつりごと)はうまくいき、民も瞬く間に徳を修めることができるでしょう」

それに対して舜はこう言いました。

「素晴らしい。確かにそうであれば、良き考えは放置されることはなく、賢才は田畑に見捨てられることはなく、万邦(天下)は太平となるだろう。民の意見を考察するというのは、自らの誤った意見を捨てて他人の正しい意見に聞き従うということである。苦しみを訴えるすべのない貧しい人々に対して惨い扱いをすることはせず、寄るべのない人々を見捨てるようなことはしない。これは尭の時代の時にのみ成し得たことだ」

それに対して伯益はこう言いました。

「ああ。尭の徳は広く行き渡り人々の役に立つことができた。まさに聖哲神明であり、文武ともに優れていたからこそ天帝はとりわけ彼に目をかけ、四海の統治をお命じになって天下の大君に為らしめたのである」

禹は言いました。

「道に沿って善に従えば福を得、道に逆らい悪に従えば禍を得る、その報いの速さというのは、ものに影ができたり、音が響き渡るのと同じくらいである」

伯益は言いました。

「しかし用心しなければならない。自らを戒めている時にしか後々の憂いを避けることはできない。法や制度を破壊してはならないし、安逸な生活に流されて遊びに耽ってはいけない。賢才を登用するのに躊躇してはならないし、悪を取り除くのに迷ってはならず、また、計画に疑問があれば無理に実行してはならない。こうすることで、それぞれの考えがはっきりと見えてくるだろう。道に反してまで民からの称賛を求めてはならないし、民の意見を聞かずに自らの欲望を満たしてもならない。絶えず考えて政を疎かにしなければ、四夷(四方の異民族)は自ずと帰順してくるだろう」

禹は言いました。

「帝よ、忘れないでください。徳とは政をうまく行うことですが、政とは民を養うということであります。水・火・金・木・土・穀(これらを合わせて六府という)をきちんと治めるためには、正徳(民の徳を正すこと)、利用(民の財を増やすこと)、厚生(民の生活を改善すること)、これら3つ(三事という)が調和しなければいけません。九功(六府と三事)これら全てが整いそれぞれの理に従って徳政が敷かれれば、民はその功績を歌や舞で称えることでしょう。勤勉な者には褒美を与え、怠惰な者には刑罰をもって正し、九歌をもってこれらを勧め、政治を乱れさせないようにするのです」

帝の舜は言いました。

「その通りである。地や天が治まり、六府三事がきちんとうまく行われれば、それこそなたの大功となるであろう」

帝の舜はまた言いました。

「禹よ、こっちに来なさい。私は帝位に就いて33年になるが、今となっては老いぼれてしまい政の忙しさに疲れを感じている。そなたは普段から怠ることはないから、今後は私の代わりに民をまとめて欲しいのだ」

禹はすぐさまこう答えました。

「私の徳ではその任に堪えることはできませんし、民がついてくることはありません。それに対して皋陶(こうよう)は勇み進んで事を行い徳を広めています。徳が民に広まれば、民は皋陶を慕うことでしょう。帝よ、どうか皋陶を気にかけてください。皋陶が考えていることはいつも民に徳を広めることについてであり、気を休めることがあればそれは徳を広めることがうまくいったからであり、語ることがあればそれは徳を広めることについてであり、本心から行動することがあればそれは徳を広めるためです。よって、帝は彼の大功を気にかけるべきです」

帝の舜は皋陶の方を向いて言いました。

「皋陶よ、今、多くの臣民は誰ひとりとして我が法を犯していない。これはそなたが士師(訴訟や刑罰を司る官職)であり、五刑について詳しく五教を支えたからである。どうか私の政を手助けして欲しいのだ。刑罰を定めることで刑罰をなくし、民に正しい道を歩ませることができるようになった時に、そなたの功績は最大のものとなるだろう」

皋陶は答えました。

「帝よ、あなたは徳行に欠けているところは何一つありません。臣下への要求は簡潔で分かりやすく、民を治めるにも非常に寛大であり、罰するにも子女を連座することはなく、対して恩賞は後世にまで及び、偶然の過ちに対してはたとえ罪の重いものであっても刑罰を免除し、故意に犯した罪に対してはほんの些細なことであっても刑罰を科しています。罪を罰するにあたっては疑いがあればできるだけ罪を軽くして判決を下し、論功行賞にあたっては迷いがあれば加増して恩賞を与えています。(冤罪によって)無辜の人を殺めてしまうよりも、(刑罰や論功行賞についての)規則を守らないほうがましであります。このように命を大事にする美徳はすでに民の心の中に溶け込んでおりますゆえ、民は規則を守り、法を破ることがないのです」

帝の舜は言いました。

「草木がまるで風に吹かれるまま靡くように、民を望み通りに治め、四方の民族を私に従わせることができているのは、どれもそなたの良い行いのおかげである」

その後、帝の舜は禹の方を向いて言いました。

「さあ、禹よ、当時天が洪水を起こして私を戒めてくれたことで功業を成し遂げることができたが、その中でもそなたが最も素晴らしかった。国のために励み、倹約を心がけ、誇ることもなければ自惚れることもなく、そなたが最も賢かった。驕り高ぶらないからこそ天下にはそなたと張り合おうとする者がおらず、自らの功績を誇らないからこそ天下にはそなたと功を争おうとする者がいないのだ。私はそなたの品徳を心から褒め称え、その大功を称賛する。天はすでに後継者としてそなたを選んでおり、ついには元後(天子のこと)に就くことになるのだ。人心というのは危ういが、道心(ありのまま、自然のままの心)というのは微である。それらを洗練することに専心して初めて言行に偏りをなくすことができるのだ。荒唐無稽な話は聞くべきではないし、民に尋ねていない意見は用いるべきではない。君主ではなく民を敬愛すべきであり、民ではなく君主が道を失うことを恐れるべきである。民に大君がいなければ彼らは誰を敬愛するというのだ。大君に民がいなければ国を守る者は誰ひとりとしていなくなる。

慎重にならなければいけないのだ。自分の位としっかりと向き合い、自らの望むことをしっかりとこなしていかなければならない。

もし四海の民がひどく困窮してしまえば、そなたが大君に就くという天禄(天からの恵み)は永遠に終わってしまう。言葉というのは最も禍を招きやすいものである。私が話したいことは全て話したから、もう話すことは何もない」

禹はやはり謙って言いました。

「それでは功臣ひとりひとりを占いましょう。その結果が最も良い者を跡継ぎとするのです」

舜は言いました。

「禹よ、我々が占うのはまず心に迷いがあるからであり、そこで初めて占いに頼るのだ。もう私の意思は決まっており、みんなの意見も一致している。鬼神もそれに従うだろうし、占いも必ずや吉と出るだろう。占いで繰り返し吉が出ることはないから、もう占う必要などない」

しかし、禹は頑なに応じようとはしませんでした。

舜はついに「だめだ、そなたしかいない」と断じて認めませんでした。

正月、禹は尭廟で執政の命を引き受けると百官を率いて礼を執り行い、それはまるで尭が執政の命を受けた時のようでした。

その後、帝の舜は禹に言いました。

「禹よ、相談がある。今のところ三苗(現在の湖南省、​湖北省、江西省一帯にいた異民族のこと)のみが我々の命令に従っていないのだが、彼らを討伐しに行ってほしいのだ」

そして禹は各諸侯やその率いる者たちを集めると、皆の前でこう誓いました。

「みなの者、私の命令を聞いてくれ。心がくらみ礼を欠く三苗は物事を弁えず誤った観念に囚われており、傲慢で身の程知らず、正道に反し、人徳を損ねている。そのせいで君子は野に捨てられ、小人が高位に居座りながら民を顧みずにいるのだ。よって天は彼らに災いを降らせるだろう。私は今日、皆の力を用いて天命により彼らの罪を罰することにする。みな力を合わせれば勲功を立てることができるだろう」

その後、戦いは30日間にわたりましたが、苗民は依然として頑強に抵抗していました。

伯益は禹に進言してこういいました。

「徳の力によってのみ天地を感動させることができますし、それはより遠方の地まで及びます。「満招損、謙受益」(傲慢は損失を招き、謙遜は利益をもたらす)というのが天道です。舜は幼い頃には両親から虐待を受け、歴山でひとり畑を耕していましたが、その苦しみは筆舌に尽くしがたいものでした。しかし、彼は日々泣きながらも空に向かって叫びながら両親を呼び、いつも自分を責めては過ちをすべて引き受け、天や両親を恨むことはしませんでした。瞽瞍(こそう、舜の父親)に会いに行く時には常にきっちりしていて戦々恐々としていました。この時、頑固な瞽瞍ですら道理を弁えていました。真心というのは神さえも感動させます。ましてや有苗(三苗)はいうまでもありません」

禹はすぐさまお辞儀をすると、この意見を採り入れることにして「その通りである」といいました。

そして、すぐさま戦いをやめると軍を整えて撤退しました。

帝の舜は文徳を広めると、朝堂の両側で舞を踊り天下が太平であることを示すと、それから70日して有苗は自ら降伏してくることになりました。

出典《尚書(書経)・大禹謨》

《尚书·大禹谟》:汝惟不矜,天下莫与汝争能。汝惟不伐,天下莫与汝争功。

今回の故事成語である不矜不伐( bù jīn bù fá )は、『尚書』(『書経』)「大禹謨」(だいうぼ)が出典となっています。

『尚書』(『書経』)は古代中国の伝説の聖人である尭や舜、禹の他に、夏王朝から周王朝にかけての天子や各諸侯について書かれた歴史書になります。

しかし、現存しているのはいわゆる“偽古文尚書”という偽書になりますが、史料としては高い価値を有しています。

「大禹謨」(だいうぼ)の「謨」は“謀”(はかりごと)という意味になり、舜と禹、伯益、皋陶(こうよう)の4人が民をよく治めるためにはどうしたら良いのかということや舜が禹に帝位を譲ろうとする話、禹が三苗(有苗)という現在の河南省や江西省一帯に居住していた異民族を討伐する内容になっています。

今回の故事成語である不矜不伐( bù jīn bù fá )についてですが、黄河が氾濫していた時に禹が治水工事を行ったこと(大禹治水)について話していた際に、舜が禹を称賛した次のような言葉に登場します。(以下、拙訳)

■汝惟不矜,天下莫与汝争能。汝惟不伐,天下莫与汝争功。
■汝これ矜らず、天下に汝と能を争うことなし。汝これ伐らず、天下に汝と功を争うことなし。
■驕り高ぶらないからこそ、天下にはそなたと張り合おうとする者がいないのだ。自らの功績を誇らないらこそ、天下にはそなたと功を争う者がいないのだ。

「矜」は“驕り高ぶる”、「伐」は“自分の功績を誇る”という意味になり、どちらも“ほこる”と読みます。

ちょっと深掘り

禹(大禹)といえば、今から約4000年前に氾濫した黄河を治水工事によって収めた人物として聞いたことがあるかもしれません。

聖書に登場するノアの箱舟を初めとして、世界各地には洪水にまつわる似たような神話があり、これはもともと温暖だった地球に隕石が衝突したことによって気候変動が起こり長期間の大雨を降らせたという話が世界各地に神話という形で広まったというような都市伝説もあります。

ただ、中国の黄河氾濫による洪水についてはそれらとは一線を画していて、伝説では洪水を起こす水神である共工を信仰する姜族が舜を攻めてきたことを指しているとされており、また実際には大地震によって発生した地滑りにより天然のダムが発生し、それが決壊したことが洪水発生に繋がったとされています。

また、香川県高松市にある和菓子メーカーの「かねすえ」の銘菓に「大禹謨」という商品名の“お守り饅頭”があります。(私は食べたことはないですが)

これは江戸時代初期に現在の香川県にある香東川の改修工事や溜め池の築造などを行った西嶋八兵衛という人がいたのですが、香東川の改修の時に石に「大禹謨」と刻んで川中に祀り、工事の安泰を願ったとされています。

それから数百年の時が流れ江戸時代が終わり明治時代も終わった大正元年、洪水に流されていたその石をとある住民が河川工事の際に発見して川岸に安置していました。

それを郷土史研究家が発見し、現在では栗林公園の中庭に移設されています。

禹(大禹)は黄河の氾濫を収めたという実績から、日本各地の氾濫が頻発する地域や水害が多い地域には禹に関連する碑や像などが数多く建てられているようです。

例文

他是一个不矜不伐的人,你应该向他学习。

(彼はとても謙虚な人だ、君は彼を見習うべきだ)

類義語

不骄不躁( bù jiāo bù zào ):うぬぼれず焦らない、人の態度が検挙であることや仕事ぶりが慎重で着実であることを形容する

不卑不吭( bù kàng bù bēi ):指对人有恰当的分寸,既不低声下气,也不傲慢自大。

俯首贴耳( fǔ shǒu tiē ěr ):とても従順で素直なこと、ペコペコする(貶す意味を持つ)

俯首听命( fǔ shǒu tīng mìng ):従順で素直なこと、ペコペコする(貶す意味を持つ)

対義語

夜郎自大( yè láng zì dà ):夜郎自大

妄自尊大( wàng zì zūn dà ):自惚れて他人を軽視する

自高自大 ( zì gāo zì dà ):思い上がり他人を見下す

参照

『尚書』「大禹謨」(維基文庫)

No.1346 【政在養民】 せいざいようみん(福島みんなのNEWS)

「書経」(Wikipedia)

「黄河の大洪水」(Wikipedia)

「大禹謨」(かねすえ)

イラストレーターの皆さん

この記事を作成するに当たって使用させてもらった画像のイラストレーターさんになります。

「せいじん」さん - ネコ

「miho.panda」さん - パンダ

「まむのすけ」さん - 黒猫のフレーム

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